Their Finest Hour -歴史・ミリタリー・ウォーゲーム/歴史ゲーム -

歴史、ミリタリー、ウォーゲーム/歴史ゲーム/ボードゲーム

「PRIME MINISTER」(GMT Games)をプレイする

数あるボードゲームのボックスアートの中でも稀に見るような陰鬱な、溌剌さとは縁遠い表情を浮かべた3人の壮年の人物が描かれた本作、19世紀イギリスにおける議会制民主主義における総理大臣と政党政治、国会運営を扱った「PRIME MINISTER」をプレイしました。

 

 

 

時代背景

ボックスアートの3人のうち、女性はヴィクトリア女王です。在位64年(1837‐1901)、大英帝国は世界各地に植民地を広げ、政治・経済ばかりではなく、文化・技術面でも諸国よりも一頭地抜け、栄華を極めます。政治との関わりにおいては王権の中立化に努め、政治へ影響力を行使しながらも、議会の状況に基づいて総理大臣を選出するという立憲民主主義の道を開いたとされています。

右の帽子を被った男性は保守党党首ベンジャミン・ディズレーリ、左は自由党のウィリアム・グラッドストンです。いずれも19世紀後半のイギリスを代表する政治家で、二人は対立する政治信条を持ち、異なる政策を推進しました。ディズレーリは2回、グラッドストンは4回総理大臣として任命されています*1*2

ウィキペディアグラッドストンの項目を見ると、この時代の政治家としては稀に見る長大な説明文が寄せられています。日本の政治家に与えた影響について詳細な記述があるなど、同時代だけではなく後代の人にも愛され尊敬を受けた政治家であることが伺えます。

ヴィクトリア女王と、2人の政治家との関係は対照的なことでも知られています。女王はディズレーリを偏愛する一方、グラッドストンのことは一貫して嫌悪しました。
女王はグラッドストンの死後、弔辞を新聞に掲載するよう周囲から求められたのですが拒否し、さらにはグラッドストンの葬儀に参列した皇太子に対し、それを咎めるような電報まで出したというので徹底しています。

生前、グラッドストンは女王との関係を次のように語ったと伝えられています。

 

「私は(シチリア島での移動で)数十時間もロバの背中で揺られていた。ロバは私に不都合なことは何もしなかったし、私のために長時間仕事をしてくれた。だが何故か私はそのロバに何の好感も持つことができなかった。この時の私とロバの関係が、女王と私の関係である。」

 

語り口となんともいえない諧謔味に彼の人柄を垣間見るようです。

 

 

ゲームの紹介

ゲームの話に戻します。

プレイヤーの立場

プレイヤーはソリティアから4人までプレイ可能で、4人プレイでは政権政党の与党と野党とそれぞれ2人ずつに分かれることになります。与党党首を担当するプレイヤーが総理大臣(PRIME MINISTER)となります。

プレイヤーはゲーム開始時に実在の政治家が描かれた政治家カードをドローします。
冒頭にディズレーリとグラッドストンの紹介をしましたが、ゲーム内では、当時の政治家の人物に対する知識、時代背景や政策や主義主張に関する知識も不要です*3
プレイを通してプレイヤーは最初にドローした政治家カードを担当し、与党になったり、野党になったり、総理大臣になったりすることになります。
ゲーム内では何度も国政選挙が起きますが、ゲームに登場する政治家には任期途中での死亡、落選、引退といったイベントはないです(そのようなイベントをプレイする作品ではないということですね)

プレイヤーは政党を自由に選ぶことはできず、政治家カードに記された党派に属することになります。

 

プレイヤーは国会議員としてアクションを実施していきます。

活動結果として獲得できるVP(勝利ポイント)があり、一定点数に達したプレイヤーが勝者となります。

 

法案の採決

総理大臣となったプレイヤーならびに与党プレイヤーは国会において法案を通過させることによってVPを得ます。

国会で審議される法案は議員や政府から提示されたものから総理大臣が選定し、採決の対象となります(野党提案の法案も採決の対象になるとVPがもらえます)。
法案の採否は多数決で決まりますので、与党の議席数が過半数を越えていることが望ましいです*4。さらに法案毎に与党内でも賛成・反対があるため、与党の議席数で単純に決まるわけではありません。支持があまり得られていない、反対票が多い法案を通すには、「討論(DEBATE)アクション」を通じて国会内で法案への賛成票を増やす必要があります*5。野党側は、法案の通過を妨害し廃案にさせたり、否決させることでVPが得られるため、「討論(DEBATE)アクション」を用いて反対の論陣を張ることができます。

法案が議決されると法案によって恩恵を受ける支持層(保守層/リベラル層)や社会階層(中間層、労働者層、地主農民など)からの支持を獲得することになる一方、不利益を被る層からの支持が低下する可能性があります。
現実の政治がそうであるように、万人にウケる政策というものはないのです。

支持層・社会階層からの支持状況は次回選挙における獲得できる議席数に影響します。支持を得る手段は法案による恩恵の提供だけでなく、「遊説(CAMPAIGN)アクション」によっても得ることができます*6

法案が通過した場合、総理大臣の「名声(STANDING)ポイント」が向上しますが、廃案になったり否決された場合は総理大臣の名声は下がり、野党がVPを得ます。
名声が向上すると、総理大臣はより多くのアクションを実施できるようになりますが、名声が低下すると実施できるアクション数に制約を受けます。

 

選挙の実施

一定期間ごとに選挙が行われ、選挙が実施されます。

選挙は、その時点での支持層・社会階層等による支持状況の合計として議席獲得予測の状況から判断されます。

与党の議席過半数を下回ると、法案の採決時に反対票が多くなり、国会運営が難しくなります。法案を通せない総理大臣は名声が低下し、さらには支持も減少するため、総理大臣の座を譲るか下野することになる可能性がでてきます。

 

総理大臣以外のプレイヤー

ここまで総理大臣プレイヤーを中心に説明しましたが、他のプレイヤーは与党側の一般議員、または野党党首と野党の一般議員として、総理大臣のアクションに同調し協力する、または反対の立場で行動していくことができます。

総理大臣と同調するのは協定といい、野党も与党の法案に賛成していき、総理大臣や与党議員が法案通過にあたってVPを得るタイミングでVPを得ることができます。
ゲームの勝利のためには総理大臣との協調体制は永続せず、いずれは競り合うことが必要となります。

総理大臣以外のプレイヤーは、総理大臣と比べて実施できるアクション数やアクション種類が限られますが、政治家としての「名声(STANDING)ポイント」を上げることで、アクションの幅を広げることが可能です。

政治家としては、「支援者獲得(HOBNOB)アクション」により支援者を増やすことも重要です。支援者により、名声や恩寵が増加し、様々な恩恵を得ることができます。

19世紀のイギリスを舞台にしているため、女王からの好意も要素となります。一部の政治家は「ご機嫌取り(FLATTER)アクション」を通じて女王の「恩寵(FAVOUR)ポイント」を上げることができます。恩寵ポイントが増加すると、実施できるアクションの種類が増え、政治活動がスムーズに進むようになります。

 

チャレンジ宣言

同じ党内で一般議員に対する党首、野党党首に対する総理大臣とで「名声ポイント」の逆転が発生した場合、チャレンジ宣言を行うことができ、宣言後、自動的に、党首の交替や、総理大臣の交替が発生します。

特に野党党首により総理大臣の地位の交替が発生した場合は、直ちに選挙がおこなれるため、タイミングによっては少数与党の状況が生じる可能性がありますので、注意が必要です。

 

全体マップと写真には写っていないがプレイヤー毎のシート上で管理するパラメータ種類が多い。左上の黒とオレンジ色のマーカーが複数置かれているエリアが、支持層・社会階層別の支持状況を表す。右下の水色・赤紫のマス目部分は庶民院における与党の議席占有数を表す。左下の「BILL」と書かれたワク内に審議中の「法案カード」が並ぶ。

 

プレイ

4人プレイ、全員初プレイ。
最初に政治家カードをドロー。スタート時点では自由党政権政党と指定されています。引いたカードは「保守党」の政治家だったのですが、もう1人保守党政治家と比べて優先度が低かったため、スタート時の地位は、「野党一般政治家(Opposition Backbencher)」になります。

 

左下に置かれた「Sir Robert Peel」がドローした政治家カード。青いリボンは保守党であることを表している。別のプレイヤーにドローされた保守党の政治家が、ディズレーリだったこともあって、人物ごとにランクづけされた優先度によりディズレーリが野党党首となり、Peel卿は一般議員となった。*7
「野党一般議員(Opposition Backbencher)」は、スタート時の名声(Standing)ポイントは「0」、実施できるアクションは1個のみ、アクション種類は「議論(Debate)」と「支援者獲得(Hobnob)」の2種類と最弱状態からはじまります。
「名声(Standing)ポイント」と「恩寵(Favour)ポイント」を増やすことでアクション種類やアクション数を強化できる。

 

野党の一般議員は実施できるアクション種類が少ないため、まずは「支援者獲得(Hobnob)アクション」により支援者カードを得ることにします。支援者はそれぞれにパラメータの上昇や、支持の獲得などの効果があるため、地道にパラメータを改善するための有効な手段になります。

 

支援者とは、女王以外の王室メンバー、貴族、知識人、著名人など、影響力のある歴史上の人物を表す。支援者カードは入手後、任意のタイミングで使用することでカード下部にかかれている効果を得ることができる。カードの効果と上の写真&人物との関係性はよくわからないが、おそらくそれぞれにストーリーがあるのだろう。
カード効果としては、赤いフレームのアイコン(女王の「恩寵ポイント」)や、黄色フレームのアイコン(「名声ポイント」)あたりが効果が高くて好ましい。

 

ゲームスタート時は与党・野党間で協定があるため法案の審議などで協力関係にあります。総理大臣が法案を通した際には与党と同様に野党側も勝利ポイントを得ることができます。ただこの関係をいつまで続けるのかは重要な判断ポイントになるでしょう。

また与党についても野党についても党首と一般議員間のチャレンジによる交替も重要なポイントになります。
一般議員はルールにより毎ターン名声ポイントを1ポイントずつ自動的に受領することができるため、遅かれ早かれ野党党首の名声ポイントを追いつく可能性があります。追いついた時が党首交替のチャレンジ宣言のチャンスとなります。

 

総理大臣プレイヤーは法案を通すために「遊説(CAMPAIGN)アクション」や「討論(DEBATE)アクション」または「支援者獲得(HOBNOB)アクション」を実施する一方で、野党側はまずは「名声ポイント」を高めることでアクション数やアクション種類の拡大、さらにはチャレンジ宣言ができる条件の獲得を努めます。

 

ついには保守党党首と、総理大臣の「名声ポイント」との逆転が起こったため、野党党首はチャレンジ宣言を実施、政権奪取に成功します。
ところが直後に実施された選挙において、その時点まででの支持層・社会階層毎の支持の拡大が十分でなかったこともあり、保守党の議席占有は過半数を下回る300議席と、少数与党状態になってしまいます。
チャレンジ宣言をするタイミングが早すぎたということでしょう。

保守党ディズレーリ総理大臣は法案の通過に苦労することになり、かえって名声を落とし、ここで保守党一般議員Peel卿によるチャレンジ宣言が行われ、保守党党首の交替、つまりは総理大臣としてPeel卿が任命されます。

ただこの時点で、少数与党状態は変わらず、Peel首相による国会運営も引き続き困難で、一期で退陣することになったのです(「早すぎた」のです)。

つづく選挙で、保守党の低支持ぶりの裏返しとして自由党過半数を遥かに超える390議席を獲得する安定政権を樹立、安定の国会運営により100VPのラインを突破、最後まで走りきりました。

 

ピール卿の首相就任を記念して、総理大臣のプレイヤーシート。
総理大臣は手数も多いし、とりえる手段も多い(野党一般議員とは雲泥の差です)。
上に書いたように少数与党の悲哀で一期で退陣した。

 

感想戦

プレイ後の感想戦で、保守党敗因の要因は次の2点の意見が寄せられました。

  1. 有権者からの支持を十分に得ていない状況で、「名声ポイント」だけを頼りにチャレンジを実施し、政権を奪ったことで少数与党状態での国会運営を余儀なくされた点。
    支持がないところに、その危うさからさらに支持を失い、つづく国政選挙で自由党に大敗することとなり、自由党の圧倒過半数による政権運営を可能とさせてしまった。
  2. 保守党の党首と議員との間で党首の座をめぐるチャレンジを繰り返したことで、蓄積された「名声ポイント」を無為に無くしてしまった点も大きい(チャレンジ宣言をうけて敗北したほうは、それまでの「名声ポイント」が初期値にもどってしまう)。
    名声ポイントを蓄積することで得られたアクション数やアクション種類の追加を得ることができず、「遊説アクション」「討論アクション」といった活動を行う余裕をなくしてしまった。

 

議会制民主主義の構造がわかる教育的効果が高い作品です。ボックスアートの通り、内容もまじめで、飛び道具、ケレン味のあるルールはない点も好感がもてます。
納得感がある形で議会制民主主義とはなにぞやという点をシステム化している点はとても感心しました。

19世紀イギリスを舞台にしていますが、設定を変えれば他の時代や国でも題材にできそうです。BGGのフォーラムでは、第二次世界大戦前のイギリスでプレイしてみたいといった意見がでていたりします。デザイナーによれば、19世紀を舞台にしたのは多用している人物写真や肖像画著作権を気にする必要がないから、ということらしいです。

システムが巧緻な分、ゲームとしても面白く楽しめました。

政治ゲームとしては「ワイマール」などにも通じるところがありますが、より国会運営と選挙や支持という点にフォーカスしている点。同じ与党でも法案の決議時には反対に回る議員がいる可能性があるなど不確実性のあるランダム要素を盛り込んでいる点などは面白かったです。

(終わり)

 

 

 

 

 

 

*1:二人とも高校の世界史レベルで登場するようなのですが、わたしはとんと記憶にないです

*2:

ディズレーリ(保守党)の政治信条

保守主義国家主義
ディズレーリは保守主義の信奉者であり、国家の安定性と伝統を重視しました。彼は貴族制度や国教会などの伝統的な制度を支持しました。

社会改革
一方で、ディズレーリは貧困層や労働者の状況を改善するための社会改革にも関心を寄せました。彼は工場法や住宅法のような法律を通じて、社会的な不平等を緩和しようとしました。

帝国主義
ディズレーリは帝国主義を奨励し、国際的な影響力の拡大を目指しました。彼はスエズ運河の株式を購入し、インドなどの植民地の保護と拡大を重視しました。

グラッドストン自由党)の政治信条

自由主義進歩主義
グラッドストン自由主義の信奉者であり、市場経済や個人の自由を重視しました。また、進歩主義の立場から社会の改善や教育の普及に力を入れました。

非干渉主義
政府の過度な干渉を避け、市場の自由な発展を奨励しました。彼は税制改革や選挙法改革などを通じて政治体制を改革し、庶民階級への権利を拡大しました。

自由貿易
グラッドストン自由貿易を奨励し、関税の撤廃や国際貿易の促進を支持しました。これは当時の保護貿易主義に対する立場として注目されました。

*3:強いて言うなら、支持状況を表すパラメータにアイルランドスコットランドという分類があり、当時のイギリスが抱えていた統治問題を伺うことができます。当時のイギリスはアイルランドとの連合王国となっており、アイルランドがイギリスから独立したのは1922年です。スコットランド問題はアイルランドほど深刻なものではなかったのですが同様に長年の問題となっていました。

*4:イギリスの下院にあたる庶民院(House of Commons)の定数は650議席です。ゲーム内では330議席過半数とされています。

*5:他に野党党首に合意を求めるという方法もありますが、野党側にVPがはいるため、よほど国会の議席状況が悪い場合に用いる手段と考えられます

*6:英文はCAMPAIGNなので選挙運動とも読めますが、プレイの中でCAMPAIGNアクションは選挙が決まって実施するのではなく、日頃から実施するアクションですので、選挙運動というよりは「遊説」と訳したほうが適当かと考えました。

*7:Sir Robert Peelは、19世紀初頭のイギリスの政治家であり、保守党の創設者の一人として知られています。経済政策の変革や法制度の近代化、警察の設立など、多岐にわたります。特に警察改革は、今日でも影響力を持ち続けています。