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「We Are Coming, Nineveh」(Nuts! Publishing)を対戦する

モースル(モスル;Mawsil)はイラク北部にある都市で、2002年の調査では人口約1,740千人*1イラク第二の人口を擁しています。日本でいうと福岡市(人口1,600千人)から札幌市(1,900千人)くらいの規模というのでかなり規模が大きいことが伺えます。2014年以降、過激派組織ISIL(イスラム国/ダーイシュ)により統治されますが、2016年から2017年にかけて行われたイラク治安部隊によるモスル奪還作戦の戦闘の結果、解放されました。

本ゲームはこのイラク治安部隊によるモスル奪還作戦を扱っています。

このモスル奪還作戦の作戦名が、本作のタイトルになっている「We Are Coming, Nineveh」。Ninevehは、ニーナワー県と呼ばれるこの地方の行政単位で、モスルはニーナワー県の県都という訳です。

 

 

 

 

ゲームシステム

プレイヤーはモスル市街を占拠したIS部隊(ゲーム中は「ダーイシュ」と呼ばれる)か、開放を目指すイラク治安部隊のいずれかを担当します。

1ターンは10日から2週間とされています。マップスケールからすると長めに見えますが、史実では戦闘開始から解放宣言まで半年程度は要していますので妥当なところなのかもしれません。全12ターン。

もともと教育用にデザインされたという由来からルールはシンプルで、プレイアビリティは高いです。

 

エリア方式のマップ

マップはエリア方式、モスル市街が全面に描かれる中、目を引くのはグレーで描かれた旧市街エリアでしょう。
建物が密集し、道路が細く、部外者を寄せ付けないこのエリアについては、IS側の一部の部隊の戦闘時にアドバンテージを得られる一方、治安部隊側は重装備を有する陸軍部隊(=強力な部隊)は侵入できないといった制約があります。さらに後に紹介する「航空支援」「砲撃支援」といった支援攻撃について、旧市街を対象にすると「巻き添え被害」(市民への被害)を生みやすいといった事情もあり、I治安部隊からすると扱いがやっかいな地域になっています。

両勢力のユニットは、基本は1ターンに1エリアしか移動できないのですが、マップ上に描かれた幹線道路上を移動させる場合、移動力に制約はなく、敵ユニットに隣接するまでどこまでも移動できます。ゲーム開始時に治安部隊はマップ端から進入するのですが、幹線道路沿いに部隊を展開させることにより、マップ全体へのいち早い浸透が可能となるでしょう。

 

マップの(ほぼ)全景。右上の赤線で囲まれたグレーのエリアが旧市街、黄色のラインが幹線道路を表します。初期配置ではIS部隊はマップ全体に配置できるのに対し、イラク治安部隊は手前の鷹の印がある緑色のマークがあるエリアに配置されます。
両勢力のユニットとも移動は1回=1エリアに限られますが、幹線道路沿いであれば、敵ユニットが配置されたエリアにぶつかるまでどこまでも移動できます。

 

シンプルなゲームシーケンス

移動‐戦闘を交互に繰り返します。各プレイヤーターンの冒頭に後で紹介する付加的な能力(Capability)を用いた攻撃やイベントが発生します。Capabilityとしては、航空支援や砲撃支援などが該当し、移動・戦闘フェイズの前に実施されます。
移動後、相手ユニットと同一エリアにいる場合、戦闘が発生します。

 

ユニットは積み木ユニット。各ユニットは2~4ステップからなります。
戦闘時は戦闘に参加するユニット数分のダイスを振り、各ユニットに設定された戦闘力以上の目が出た場合、防御側はその個数分のステップを失います。

特徴的なのは戦闘時に振ったダイスの目が修正前で1か6であった場合、1枚イベントカードが開けられ、記載されたイベントを解決することになります。これによって、シンプルな戦闘解決に様々なイベントを付加することになります。

戦闘解決後、防御側ユニットのステップがひとつでも残っている場合、攻撃側(エリアに進入してきた側)は隣接エリアに後退する必要があります。相手を全滅させない限り、攻撃側は後退しなければならないことは注意が必要です。

 

多様な部隊編成

両軍の特色にあわせそれぞのユニットは複数の兵種からなります。

例えばイラク治安部隊は、警察、対テロ部隊(Counter Terrorism Service)、陸軍の3種類に大きく分かれています。

ユニットに戦車が描かれた陸軍部隊は、攻守ともに能力がずばぬけているのですが、旧市街への進入できないという制約があります。

対テロ部隊は戦闘力も高く、戦闘時に通常は1ラウンドで終わるものが2ラウンドまで継続できるという特徴があり、デメリットもなく、使い勝手から治安部隊側の主力となるのではないでしょうか。

警察はさらに3種類、連邦警察(Fuderal Police:準軍事組織)、緊急対応部隊(Emergency Responce Division)、人民動員部隊(Popular Mobilization Force)に分かれています。やっかいなのは最後の人民動員部隊*2で、Capability(後述)によりポイントを使うことで追加兵力として登場するのですが、彼らが関与した戦闘においては「巻き添え被害」が2倍になるというデメリットがあります。この部隊、イラク国内に存在する複数の宗教の複数の部族からなる民兵組織なのですが、一種の宗教戦争として対IS国戦闘に参加してきたという来歴を持っているようです。

 

イラク治安部隊のユニット。左下から時計回りに連邦警察、緊急展開部隊、人民動員部隊、対テロ部隊、陸軍。それぞれの能力・特別ルール等を表記したカードが用意されている。

市街地戦闘を特色づける勝利条件

勝利条件ポイントは「損害」「巻き添え被害」「時間」の3つの観点で評価されます。
「損害」は相手に与えた損害、「巻き添え被害」は戦闘にあたって発生した市民の被害、「時間」は鎮圧までに要した時間になります。

「損害」や「時間」を追求する場合、「巻き添え被害」が大きくなる懸念があります。「巻き添え被害」を抑えるには航空支援や砲撃支援、部隊投入を抑えたりする必要があるかもしれませんが、打撃力は失われるでしょう。

両プレイヤーは開始前にこの3つの観点のいずれかひとつを重視する条件として指定します(カードを選び、ゲーム終了時まで伏せておく)。

 

付加的な戦闘能力を表す「Capability」

「Littoral Commander」(The Dietz Fundation)に登場したJCC(JOINT CAPABILITY CARD:統合能力カード)と似たコンセプトで本ゲームでは、「Capability」というカードを一定のポイントの範囲内で購入することでデッキを構築します。

イラク治安部隊には航空支援、砲撃支援、ドローン、部隊の追加(人民動員部隊など)の他、野戦病院(民間人の犠牲を抑える)、爆弾処理チームといった各種カードが用意されています。
「Littoral Commander」でのJCCとの相違としては、対象となる作戦規模が異なるため弾道ミサイルといった大掛かりなカードはないのは当然ですが、「Littoral Commander」ではアメリカ側と中国側のカードは似た効果を持つカードがそれぞれ用意されていたのに対し、本ゲームでは非対称の戦闘であることから、全く性格が異なるカードが多いということでしょうか。

 

イラク治安部隊側のCapabilityカードの一部。

 


 

AAR

イラク治安部隊を担当。

重視する勝利条件として「巻き添え犠牲」を選択。これに伴い、Capabilityも巻き添え損害出にくいものを中心に選定しました。

初期配置では、IS部隊の主力は旧市街に置かれていると推測し、旧市街へ突入する「対テロ部隊」、旧市街への突入はしない(できない)ものの旧市街エリアを孤立させるべく周囲のエリアを占拠する目的で「陸軍」を旧市街地の周辺部、さらに遠方の残りのエリアは警察部隊という展開です。

 

初期のターン。
IS部隊(黒ユニット)は旧市街にみっしりと配置されています。
治安部隊(緑ユニット)は手前にいたIS部隊を警察部隊を用いて掃討しつつ(治安部隊)、中央から精鋭陸軍、右翼に旧市街突入を目指す対テロ部隊が展開しています。

 

旧市街に突入した治安部隊側の精鋭である対テロ部隊。戦闘力が比較的高く、継戦能力があり(2ラウンド目の戦闘が可能)、耐久力もあります。
IS部隊は、各種「IED(即席爆発装置:Improvised Explosive Device)」をIS部隊側のCapabilityとして提供されている「爆弾製造工場」から次々と作成して展開します。治安部隊は、Capabilityで提供される「爆発物処理班」を出動させ、処理させていきます*3


IS部隊のうちエリート部隊ユニットは旧市街地エリアの戦闘において、ユニットの特殊能力として戦闘時にヒットアンドアウェイが可能となっており、治安部隊に対して戦闘発生時に先制攻撃を実施、その直後、治安部隊からの反撃を受けることなく後退ができます。ASLにおける”スカルキング戦術”*4を彷彿とさせる嫌らしい行動ですが、難点は攻撃後、後退する必要がある点。多用しすぎると地歩を失います。

治安部隊側のCapabilityで活躍したものを挙げるとすると、「ドローン」があります。ドローンは通常、後ろ向きに配置され正体が隠された状態のIS部隊のユニットを露わにして、ダイスチェックに成功すれば1ステップロスさせることが可能となります。
IS部隊側には少なくない数のダミーユニットが混在していますので、余計な場所への探索が不要となったり、幹線道路沿いに配置されて移動を邪魔しているユニットを事前に処理してしまうなど非常に役に立ちました。

 

全景。右翼側で調子良く支配範囲を広げていたところ、IS部隊に取り巻かれてしまい、後退位置を失うことで余計なステップロスを被ってしまいました。
このゲームの戦闘解決において、防御側を全滅させられなければたとえ相手に損害を与えていたとしても攻撃側が後退しなければならないことから、思わぬところで後退を強制されることがあります。後退においては後退方向のルールなどがあるため、後退位置を失うことがあるのです。治安部隊側が戦力に任せて進攻すると陥るリスクがあるため注意が必要でしょう。

その後も旧市街を中心に着実に支配エリアを拡大しつつ、その他のエリアでも主たるところは確保しつつあるなど優勢に展開しているつもりだったのですが、治安部隊は「損害」が思いの他膨らみ、勝利条件を満たせないと投了しました。

 

感想戦

勝利条件となる3つの要素のコントロールが難しい

「巻き込み犠牲」を抑えるため、「攻撃支援」「砲撃支援」といった強力なCapabilityを使わないようにしていたのですが、打撃力として十分ではなかったようです。
地上軍の進攻に先立って前さばきをする火力が不足した分、地上部隊の負担が増え、損害につながったといったところでしょうか。

また「巻き込み犠牲」を出さないようにCapabilityは選択したものの、毎戦闘時に発生する可能性があるイベントなどによって犠牲は積み上がったのでした。
ここからは想像だが、「巻き込み犠牲」を本当に抑えるにはもっと徹底的にデッキ構成や攻め方なども含めて考慮する必要があるということになるのかもしれません。

「巻き込み犠牲」を主目的とした場合のデッキ構築や戦術・作戦の詰めが甘かったということであれば、「損害」を主目的とした場合の戦術・作戦、「時間」を主目的とした場合の戦術・作戦と3つの要素毎に攻略方法を考えることができるという点で、3倍美味しい作品といえるのかもしれません。

 

デッキ構築

カードによって付加的な攻撃能力を追加するデッキ構築を行う作品として「Littoral Commander」を挙げていました。「Littoral Commander」ではカードとして提供されるアメリカ軍と中国軍のカード能力が拮抗していて(厳密には、同じような能力・効果を持つカードについて購入するコストが異なったりしていた)、各カードに対する対抗手段が用意され、きちんと対抗手段のカードをあてがっていない場合、その段階でゲームとして詰んでしまうことさえありました。
一方で本作に登場する2勢力は戦力やスキルとして非対称であり、両軍のCapabilityの内容を見ても、対抗手段がないと即詰みというまでのシビアな面はありませんでした。

今回のプレイについて言えば、相手への対抗手段として選んだカードが機能を発動するタイミングが一向にないということも少なくなかった(おそらく相手からしても同様だった模様)ことからも、デッキ構築にあたっては「Littoral Commander」にあった、”なんとしてでも対抗手段を用意する”といったシビアさはないのかもしれません。

 

(終わり)

 

 

 

*1:別の資料によると、2014年のISILによるモスル占領前の人口は約250万人、2年間のISILによる統治の結果、150万人まで減少したという。

*2:2018年に再編され「新イラク共和国防衛隊」となった

*3:処理の成否はダイスで決まるのですが、中には処理に失敗した上、処理班自体も除去するという結果もある。

*4:ASLにおいて主に防御側が取る定石的な戦術で、自軍の移動フェイズで敵が射撃をできない位置にユニットを移動しておき、敵側の射撃フェイズで射撃を受けることなくしのぎ、続く自軍の突撃フェイズで元に位置に戻るという動作。敵側からすると1回分そのユニット(スタック)に対する射撃タイミングを失うことになる。ルールに即しているものの、ゲーム的な対応です