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大河ドラマ「太平記」28話「開戦前夜」:宮廷政治の洗礼、後醍醐帝への直言対決。さらには護良親王一派の暴走・・

前回のあらすじ

奥州で起こった北条残党による反乱の鎮圧には武家ではなく、公家の北畠顕家後藤久美子)が差し向けられた事は、武家の間で波紋を引き起こす。
後醍醐帝から「武家の束ね」と言われていた足利尊氏真田広之)は、足利家内や武家の間からの不満不平を一笑に付し、今は都の再建こそが使命と主張する。
尊氏は、都内の武家を集め会合を持つが、再建の話より遥か前の段階で武家の間にある派閥間の言い争いに終始し、破綻する。

弟直義(高嶋政伸)と関わりがあった不知哉丸が実は尊氏の隠し子であることが、直義や母清子に知れるところとなり、尊氏は数年ぶりに藤夜叉・不知哉丸の母子と再会する。

新政の混乱の中で恩賞と思っていた土地をもらうことができなくなっていた”ましらの石”は尊氏に新政の不満をぶつけ、また藤夜叉(宮沢りえ)は尊氏に「美しい世」を作って欲しい、それは尊氏の治世によるものと信じるということを言い、去っていく。

尊氏は直義を関東の抑えとして鎌倉に出すことを帝に進言しようと決心する。それは後醍醐帝の政治思想である「公家一統」(公家を通した帝による直接政治)に反する施策であったとしても・・。

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北畠の出兵

1333年10月、北畠親房・顕家父子が義良(のりよし)親王を奉じ政情不安な奥州へ派遣される。それは後醍醐帝の、公家を通して諸国を直接支配するという政治思想を反映した施策であった。

ところ代わって大塔宮護良親王の邸宅。

北畠親房護良親王の舅にあたり、北畠父子が奥州に行くことは、大塔宮派の人々からすると派閥の力を削がれることに通じ、それを画策したのは対立する三位局(さんみのつぼね:阿野廉子原田美枝子)派ではないかと捉えていた。

大塔宮派の荒ぶる僧”殿の法印”(大林丈史)が、先に開催されていた三位局の宴で白拍子と浮かれ騒いでいたエロ坊主 文観(麿赤兒)を呼びつけて叱責するというムジナ対ムジナのようなシーンからはじまる。

「宮を謀るなど身に覚えなく・・」と逃げる文観に対し、護良親王堤大二郎)が矢を射掛け、”殿の法印”が斬りつける、という物騒すぎてこれでは人心も離れるよという印象の主従。射掛けながら護良親王が吠える。

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愚かな局よ、我らは同じ公家ぞ。公家が公家の力を削いでどうなる。我らの敵は武家。足利じゃ!
あいも変わらず足利憎しで染まっている。

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宮廷政治の洗礼 

一方の尊氏は鎌倉と関東の治安を武家に委ねるよう帝に進言するべく参内する。

尊氏参内の件は後醍醐帝に伝わるより先に、千種忠顕本木雅弘)から阿野廉子に伝わるが、阿野廉子は帝には取り次がず佐々木道誉陣内孝則)を介して尊氏を自分の派閥に取り込もうと画策する。

道誉がそっと尊氏にささやく。
帝への献策は拒否されるとそれで決定されてしまうリスクがあるため、事前の根回しが必要。そのためにも、先に阿野廉子に会うべき・・と。

 

阿野廉子の御座に通された尊氏。
阿野廉子の脇には取り巻きの千種忠顕坊門清忠藤木孝)が控える。
「・・三位局、近江の武士は腰が軽うございますなぁ」尊氏と共に居た道誉を追い払い、鼻で笑う千種忠顕
「それに引き換え、東国の武士の腰の重さよ」継いだのは坊門清忠
「内裏へもめったに挨拶に来られず、六波羅に籠もって仕事ばかりをしておられる・・。身は未だ都の鎮守府将軍がいかなるお顔か、とーんと覚えませぬ。」と尊氏への皮肉を混ぜ、最後は局への追従笑いをする。

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「・・それ故、帝は足利殿を御気に召しておられるのじゃ。『今都で一番勤めに励んでおられるのは、朕と足利であろう』と御気色(みけしき)麗しくお笑いになるのじゃ。恐れ多いことよ。」二人を窘め、尊氏を持ち上げるかのような阿野廉子の物言い。帝のからの自分への評を聞いて、尊氏が顔を上げる。
が、続く千種忠顕は落としてくる。
さりながらこの忠顕、足利殿の働きにまだまだ不満がある。
「そりゃなにゆえ?」噂話でもするかのように、尊氏ではなく千種忠顕に聞き返す坊門清忠
この都に武家や悪僧を集め何かと無法な振る舞いに及ぶ宮がおられるではないか、あの護良親王をなぜ放おっておかれる?
千種忠顕坊門清忠も、尊氏を無視し、話を進める。
「それよ、聞けば宮は恐れがましゅうも、ここにおわす三位局の御嫡子恒良親王を亡き者にし、己が次の御位を狙わんと策謀いたしておるやに聞く。いと恐ろしき宮よ。我らは力が無い故、かかる噂を聞くにつけ、ただ、ただ打ち震えておるばかりじゃぁ。のぅ?足利殿」
二人の取り巻きの話を継いだ阿野廉子が、さも気持ち込めるように尊氏に言う。
「足利殿は妻子を鎌倉におかれたままとか。世情乱れたる折節なれば兵を送って守ってやりたいという慈愛の心、よーぅわかりまする。この廉子とて同じ。我が子がかわいい、なんとしても守ってやりたい・・。
我らはよーぅ似ておりますなぁー。似たものは手を携え、助けあっていかねばのぅ?

落としては上げ、落としては上げと尊氏の懐柔を図る阿野廉子ら。
「三位局、ご案じなされますな。足利殿は必ず我らに同心なされますと佐々木判官殿も申しておりました。」と千種忠顕
ならば足利殿、今日はこのままお帰りなされませ。鎌倉へ派兵の議、それとのぅ帝に奏聞いたそうよ。
明日また参内仕れ、悪しきことにはなりますまい。
最後は阿野廉子が締める。阿野廉子千種忠顕坊門清忠の三人にいいように言われ、ここまで一言も口を開かないままで終わった尊氏。

必ず思いは帝には通じると勢い込んで参内したものの、これが宮廷政治といった洗礼を受けた尊氏。根回し、派閥争いと懐柔、自派への勧誘・・

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「申さば、三位局の敵の護良親王を討て、そういう事であろう
帰路、佐々木道誉が尊氏に耳打ちする。
さすればこちらの望みを聞いてもよい、と。これは取引じゃ。悪い話ではござらぬ。
道誉の言う内容に、怒気を浮かべる尊氏。
ワシは取引は嫌いじゃ。取引できるなら・・・北条とは戦をせずに済ませたであろう。都を焼き払うこともなく、北条を皆殺すこともなく、こうして妻と子と別れて暮らすこともなく、もうちょっと安穏に暮らしたはずじゃ。ワシは取引はせず、安穏な暮らしを殺してしもうた。いまさら何の取引ぞ。
ワシはわからぬ事があるゆえ帝に拝謁したいと思うた。思うことがあるゆえ、帝に奏上したいと思うた。帝は我が主よ、何故、周りと取引せねばならぬ。
ワシは思うことを申し上げ、それが間違っておればそれを帝がお叱りになる。それだけの事ぞ。違うか、判官殿?
引き返す。

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政治的な遊泳をするべしと言う道誉に筋を通そうとする尊氏。
これぞ脚本家の勝利というべき論旨の展開、見事。

 

後醍醐帝との対決

道誉の物言いに腹を立て、踵を返し再び拝謁を願い出た尊氏。

さすがに当日中に二度も拝謁を願い出るとは思いもしなかったであろう阿野廉子一派があわてて集まるが、すでに尊氏は帝の前に伏していた。

「何、足利の兵を関東に送りたい、と?
尊氏、東国の守りは奥州へ送りし北畠では心もとないと申すか?
朕の定めし実に異議がありと申すか?
尊氏、直答を許す、近う参れ。

後醍醐帝の許しを得て御簾が上げられた玉座に近侍する尊氏。

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「北畠卿は当代一の学匠。その高潔なるお人柄もよう存じおりまする。されど東国は気性荒き地。加えて北条の残党による此度の叛乱にござりまする。卒爾ながら東国の戦を公家方の手で乗り切れるとは思われませぬ。」後醍醐帝の顔をしかと見据え奏上する尊氏。
「それ故、奥州の武家、結城宗広をつけておる。」
「その結城殿の御一門に、はや北条方につきしものがあまたあるのをご存知でありましょうや?東国にはいまだ北条に恩を覚え、事あらばと弓矢を離さぬものがあまたおりまする。そこへ公家方が参られ、『帝のご新政が・・』と申されても、耳傾けるものがいかほどござりましょうや。
奥州に火がつけば、関東に燃え広がるのは早うござりまする。新田義貞殿の鎌倉攻めを見れば、ようおわかりと存じまする。
関東に火が付けばこの都に火が飛んでくるのは必定。

結城宗広は陸奥国南部の武将。新田義貞とともに鎌倉攻めに参加、その後南朝側として戦う。「三木一草」に上げられる結城親光は宗弘の次男。
結城氏はこのドラマの中では簡略化のため省かれており、結城親光は登場しない。また結城宗広も名前が明確に上げられたのは今回が初めてだと思う。

なお遥か後年、戦国期に登場する結城秀康が継ぐ結城家は氏族は同じだが流れがかなり異なるところの模様。

「なれば問う、関東では朕のまつりごとは通らぬと申すか?公家一統に治まらぬと申すかっ!?
「左様に存じまする」
後醍醐帝の怒声に動じず応える尊氏。
「何っ!!」
さらなる後醍醐帝の怒声に尊氏ではなく周囲の阿野廉子や公家達のほうが縮み上がる。
公家方が相争い、武家もまた角突き合わせる。昨今の都のかかる有様を見ますれば、東国を一つに治めるなど、今だ遠い道かと存じまする。
一歩も引かない尊氏が応える。
「ならば言おう。公家の争いはたしかに朕の不徳の致すところ。なれど、武家の束ねはそちに託したはずじゃ。今の乱れを何と心得おるっ!
「申し開きもござりませぬ。されど武家は力あっての武家関東ひとつ任せられぬ武家に他の武家がなびきましょうや?
平に願い奉りまする。この足利に関東をお任せくださいませ。奥州の北畠殿と手を携え、東国を鎮め、帝の公家一統のまつりごとに、東国の民をなびかせてご覧にいれまする。
ありていに申せ、そちはこの都を捨てて、再び北条のごとく、関東に幕府を開く心づもりであろう?

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「それがしは天下を率いて立とうとは思いませぬ。」
「なにゆえじゃ?」
「天下を率いるのは肩が凝りまする。足利尊氏こうしておりまするだけでも、肩が凝ってたまりませぬ。今はなにかと強い事を申しまするが、真は性にあいませぬ。戦の折も、よう迷いまする。恐れがましゅう事でござりますがそれがしは、帝のようにたくましゅうはござりませぬ。人並みの臆病者にござりまする。
ただ此度の戦で多くの者を死なせましてござりまする。それに報いるためにも、「良い世」を作らねば、とそう願うばかりにござりまする。
「それは朕とて同じ思いぞ。
尊氏の申す通りじゃ。天下を率いるは肩が凝る。よろず己が決め、己が見るのじゃ。肩が凝る・・。
だが朕は行うべき実を行わなければならぬ。
関東へ兵を送る議、相許す。されどそちは都の護り、動く事、相ならぬ。鎌倉へは弟直義をつかわせ。それでよいかっ?

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「ははっ」
「・・そうか、尊氏も肩が凝るか・・。朕も肩こりじゃ。はははは」

 

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1333年5月、鎌倉幕府の滅亡【第22話】
同6月、  護良親王堤大二郎)が征夷大将軍に補任【第23話】
同8月、  叙位除目(=論功行賞)【第26話】
同8月、  足利高氏は後醍醐帝より偏諱を受け、尊氏となる【第25話】
同9月、  雑訴決断所ができる【第26話】
同10月、  北畠顕家鎮守府将軍陸奥守に任命され北畠親房近藤正臣)とともに、義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥へ派遣、陸奥将軍府が成立。【第27話】
同12月、  足利直義成良親王を奉じて鎌倉へ派遣され、鎌倉将軍府が成立。【いまココ】

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後醍醐帝と阿野廉子の二人。

「御上、何故お許しになられました。足利に関東を・・」
阿野廉子の物言いはどことなく自分らの執り成しをないがしろにした尊氏への怒気を含んでいるようで刺々しい。

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「足利は子を関東に置き、関東に布石を打っておる。許さぬと申しても詮無き事よ。そのほかに誰がいる?関東を守り、東国を守れるものが?
北畠と競わせ、東国を守らせるのも面白かろう。・・朕の新しきまつりごとには強き手足がいる。足利は欠かせぬ男よ。・・あれを敵にしとうはない。せめて護良が足利ほどの器量なればのぅ・・
後醍醐帝の尊氏に対する信頼が篤いのがよくわかる後醍醐帝の言葉に、阿野廉子も何も言わずにいた。

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護良親王一派の暴走

護良親王の前に集まったのは、四条隆資(井上倫宏)、”殿の法印”、新田義貞根津甚八)、脇屋義助石原良純)、楠木正季赤井英和)・・・。

「今宵、宴にかこつけ集うてもろうたのは他でもない。こたび足利は鎌倉に派兵致し、関東の主となりしことじゃ。」
これをどう考える?と話を振られた義貞が答えないでいると、次に脇屋義助を呼び
その方等が血を流して落とせし鎌倉は、足利は何の労もなく奪いさったのじゃ?・・・悔しいと思わぬか?」と焚きつけた。
悔しゅうござりまする。これで足利の企みは明白でござりまする。北条にとって代わり、鎌倉に幕府を開かんとするもの。いずれは朝廷に歯を剥く野心じゃ!」
直情径行の脇屋義助が言うなり、護良親王が叫ぶ。
「それよ!!その足利に。・・・事もあろうに三位局が肩入れをしておる。己の子を帝につけたいがため、足利を味方に引き入れ、取引致して、帝に鎌倉派兵の許しを請うたのじゃ。違うか、隆資?」

ドラマの中では足利による鎌倉への出兵は奥州や関東の鎮撫のためという流れな訳だが、戦功のありなしや公家に対抗する武家といった考えから脱しきれない護良親王一派は大局観もないまま、「本来、新田が治めるべき鎌倉」とか、「足利は北条のように幕府を開いて」といった偏った認識のまま内輪の論理だけで論を飛ばしていく様子が描かれる。

尊氏と酒を酌み交わした新田義貞が止めるべきなのだろうが、彼もまた、前エピソードの武家の会合で見せたような「公家対武家」といった考えから脱して無く、また政治感覚のなさから思慮もなく護良親王の一派に連なっているようだ。

もし護良親王一派に情勢の分析ができる人間がいるなら、尊氏から後醍醐帝への上申された内容から尊氏の考え方を読み取れるだろうし、また三位局(阿野廉子)が尊氏と取引をして尊氏に肩入れしているといった話はでてこないであろう。
親王の一派には高師直はいなかったという訳だ。

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・・足利が帝の勅許を得る直前、三位局と密談いたしておるのを見たものがおります。」
見よ!天を恐れぬ悪行。帝の心中を悩まし続ける悪しき取り巻き足利尊氏!三位局!これをこのまま放置致してよいものか?

護良親王の中では仮想敵とみなしている足利尊氏の幻想がどんどん膨らんでいくかのよう。

護良親王の言葉に、すかさず四条隆資が応える。
足利を討つべしと存じまする。
”殿の法印”も唱和する
「下にも、足利を討つべし!」

護良親王新田義貞を促すが、義貞は黙って頭を下げるだけだった。
「向こうにおる、武田、塩谷、宇都宮なども同心じゃ。隆資、これで足利を討つ兵は揃うたぞ。」
無言の義貞に構わず護良親王が続ける。
宮の密使も密かに諸国の土豪に送ってございまする。宮がお立ちになれば、1万や2万の兵はただちに近国から馳せ参じましょう。」
四条隆資が言う。
「新田殿、楠木殿、御辺等も2000や3000の兵はすぐさま集まりましょうな?」
”殿の法印”も威勢が良い。
「明日にでも4000、5000、集めてみせましょう!」と脇屋義助
「我らもじゃ!」負けずと叫ぶ楠木正季

ダメ弟二人の話はこちら

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「よう、申した!・・・戦じゃ、足利と戦じゃ!!
盛り上がる味方内からの声に、冷静な判断ができなくなった護良親王が叫ぶ。
まずは足利を倒すべし!
「おぅ!」一堂が唱和する中、新田義貞は一人黙ったままで思案げな表情を浮かべていた。

 

 「また戦じゃのぅ、どちらに転んでも同じ事なら、いっそ武家武家同士、足利殿に力添えをして、鎌倉の有力御家人になるという手もある・・」
二人きりになり、新田義貞に耳打ちをする岩松経家(赤塚真人)。
「ワシは誰の支配も受けたくはない。それ故、北条を倒した。ワシは今、帝をお守り致す、武者所の長。申せばワシを支配できるのは帝だけじゃ。それが心地よい。
・・新田の家は、北条や足利や他人の顔を伺って生きてきた。長い間、長すぎた・・。
ワシは宮にも足利にも従わぬ。戦をやりたいやつは勝手に戦をやれば良い。
勝手に戦をし、皆ボロボロになれば良い。
新田義貞は愚かな戦はせぬ。

岩松経家はドラマの中では新田義貞の親戚として、尊氏父貞氏の法要を足利庄で執り行った際から登場し、鎌倉攻めなど、新田勢のひとりとして活動している。

二人の密談の様子を伺っていた影に気づいた義貞が小刀を投げるが、影は逃げ失せた。

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新政の乱れ

1334年1月 年号が「建武」となる
大内裏の造営が発表されその財源として「二十分の一税」が発表されるが、戦乱続きのため応じる事ができるものは少なかった。貨幣の鋳造が発表されるが、実行されなかった、と説明される。
二条河原の落首に「・・このごろ都に流行る物 夜討 強盗 にせ綸旨召人 早馬 虚騒動(そらさわぎ)・・」に詠われる。

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「御上のまつりごとがあまりにも立派すぎて、下々がついていかれぬのじゃ。」
「かかる世情では先々、思いやられますなぁ。」と噂する人々。

 

ちょうど”ましらの石”の所に、美濃の塩山というところの代官の沙汰が下る。
実際は尊氏が一色右馬介大地康雄)に命じ、働きかけて下されたものだが、”石”は「帝がワシの事を覚えておられた。楠木(正季)が一言申し添えてくれたのだろう」と無邪気に喜ぶ。

「お二人も行ったほうが良い」と右馬介は、藤夜叉に言い、藤夜叉は足利が動いた事を悟る。

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一触即発

護良親王の館に兵が集められ、呼応するように足利も六波羅一帯に軍を集める。
情勢逼迫する中、六波羅の足利邸に佐々木道誉が飛び込んでくる。

「御辺は、今どのような時かおわかりか?戦じゃ、戦じゃ!」
「・・師直があちこち駆け回って兵を集めておるところじゃがのぅ。直義が鎌倉に半分持っていったがゆえ、ままならぬようじゃ。」
飛び込んできた道誉をいなすように、泰然と鎌倉の妻登子への文に手をいれる尊氏。
「ようじゃっ?、それでなんと致す。
敵は新田義貞、岩松経家、武田、塩谷、結城、宇都宮、加賀の”禅師”、土佐守兼光、そして楠木・・。これが皆、宮の号令をいまや遅しと待ち受けておるというぞ。
足利には誰がつく?」
焦りキレ気味の道誉に尊氏は平然と応える。
「判官殿が来られた。」
「他は?」
「無用じゃ。」
と尊氏は手元の菓子を道誉に勧める。
ワシはのぅ、戦はせぬ。今、戦をすれば都は灰になる。そは民も喜ぶまい。帝もお喜びにはなるまい。

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「じゃと申して、敵は来るぞ。」
「誰が来る?新田殿は宮から距離を置き始めた。岩松殿は内心こちらに顔が向いておる。塩谷、結城は帝がお許しになるまで動かぬつもりじゃ。加賀の禅師も土佐守もほぼ同じじゃ。
皆、本心は腰がひけておるのじゃ。
こちらが仕掛けねば、皆動くまい。
のぅ?右馬介」
いつの間にか後ろに控えていた右馬介がおぅと応える。尊氏の手回しの良さに笑う道誉。
「さりながら楠木正成殿はどうじゃ?護良親王とは河内赤坂城以来共に助け合い戦こうてきた仲じゃ。宮に頼まれれば動かざるを得まい。現にご舎弟、正季殿は動いておる。」
「・・動けば速い正成殿はお心が読めませぬ。」右馬介が言う。
「ようわからぬのは、正成殿だけか?」尊氏が訊く。
「あとおひとり、佐々木判官殿のご心底もしかと判じかねまする。護良親王の腹心”殿の法印”殿はこの数日、佐々木判官殿と幾度もお会いになり、足利との戦になれば、宮方につくとの言質を判官殿よりしかと得ております。」

またもや発揮される佐々木道誉の二枚舌。
先の鎌倉幕府末期の頃も、日野俊基北畠親房と親交を結んだり、後醍醐帝の護送時に便宜を働いたりしながら、長崎円喜等の北条家側の指示に従い尊氏の監視役を行っていた。
ここに来て、またもや、護良親王側とも渡りをつけていた事が暴露されたという・・

ただでは転ばぬ佐々木道誉、こう切り返す・・

「ワシはのぅ、この思うたのじゃ。ワシが宮方につくと申せば、宮方は勢いづく。遺産で宮はお立ちになる。宮がお立ちになれば、御辺は立てぬ。いくらなんでも宮を相手に足利た仕掛ければ、世のそしりを受けようと思うてのぅ。それ故、御辺がやりよいように動いてみたのじゃ。」
「ワシに戦をさせようと」
宮がいては都はまとまらぬ。この機に乗じて宮を打ち、天下を取る下地を作るべきかを存じて
「天下をとる?」
帝のまつりごとをご覧じよ。先は見えておる。
武家はのぅ、誰一人とて腹の底から、公家の天下を喜ぶ者はおらぬ。その事がこの判官にもよう見えてきた。
御辺が公家に勝てば、皆御辺になびく!

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感想

前半の宮廷政治劇から後醍醐帝との対決、さらに後半の護良親王一派の暴走へと非常に見どころの多いエピソードだった。

全編に渡って脚本家により紡ぎ出された論理展開の見事さに圧倒された(さっと見ていると聞き逃してしまいますよ)。

最初は阿野廉子一派による尊氏の取り込み工作。尊氏が宮廷政治の洗礼を受けたようなものだが、本来は危急を要する外憂への対処であるはずが、この宮廷内の人達に掛かっては自分たちの勢力争い・政治の材料として使おうという阿野廉子一派の振る舞い(この人たちはそれが習性なので、少しも不思議とも思っていなかったのではないかと推測されるが)に尊氏が翻弄される展開。
だが尊氏はそれに屈することなく、阿野廉子一派を権威とも思わず、真正面からぶつかることで突破する。
口利きを匂わせて一度下がらせたはずの尊氏が、同じ日のうちに再度帝への拝謁を願い出るなど、宮廷人の仕振りとしてはありえないと、阿野廉子一派は思いもよらなかったのだろう。

尊氏と後醍醐帝との対決も見応えがあった。
本音を言い合うことで逆に承認を得ることができた。
素地としては後醍醐帝の尊氏への信頼があったためだが、正しき事を行う尊氏らしい行動であり、後醍醐帝との一連の問答は説得力のあるもので見応えがあった。

 

さらに護良親王一派がこの一連の動きを部外者として見つつも、その考え方が宮廷政治の作法の中でしか捉えることができずに、阿野廉子一派と尊氏がつるんでいるといった大きな誤解をする。さらには足利を仮想敵とする幻想をどんどん膨らませ、それに伴い自分等の行動を暴走させていく様。

さらにこの護良親王一派の暴走に泰然とした姿勢を保つ尊氏。
あわてて飛び込んできた盟友?佐々木道誉の慌てぶりと、最後は道誉の二股を暴く始末。どこまで本気はわからないがラストは道誉が逆に尊氏を焚きつける展開に至る。

 

 

 

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