前回のあらすじ
後醍醐先帝の隠岐への配流にあたって護送を担った佐々木道誉は数々の便宜を先帝に施したことにより先帝より「公卿に生まれ直せ」とまで言われる。
道誉の厚遇のことは鎌倉の長崎円喜・高資父子にも聞こえるところとなり、隠岐島の判官が佐々木一族であることも受け、長崎父子に道誉に対して後醍醐先帝を弑逆するように使嗾される。
その頃、足利家は懸案だった亡父貞氏の弔い法要を鎌倉ではなく足利庄で執り行う。
法要をめぐり、高氏・直義兄弟、高氏母清子、高氏妻登子、また高氏の義兄の執権赤橋守時、伯父の金沢貞顕と各人それぞれの思いが交錯する。
高氏は法要に出席した岩松経家、また新田義貞より先帝の拉致や挙兵についての話を訊くことになる。
1332年末近く、吉野山にて護良親王、河内にて楠木正成がそれぞれ再び挙兵する。
取引
佐々木道誉(陣内孝則)に招かれ訪れた高氏(真田広之)。
佐々木屋敷では酔った道誉と、花夜叉(樋口可南子)が迎える。
道誉が、長崎父子より後醍醐先帝を殺すように言われ、恐れるあまりに引き受けた事を花夜叉が暴露する。道誉は自分を悩ませていた秘事が他人に知られるところとなったことい動揺し、誰から聞いたか、と花夜叉に詰め寄る。花夜叉は、長崎高資が酔って猿楽の女に漏らしたのだと言う。
道誉の狂態を見ながらも高氏は淡々と道誉に言う。
「・・で、判官殿は、隠岐の先帝を真に害し奉るおつもりか?そは判官殿の本意ではありますまい。」
「長崎殿の命に背けば、この首が危ない」と道誉は手で首を打ち払う仕草をしてみせる。
「長崎殿が誰ぞに討たれてしまえば、そのようなご案じは無用でござろう。」
「討たれる?誰に?」道誉が訊ねる。
「足利に」高氏は平然と言った。
道誉と花夜叉は意外な成り行きに何も言えないでいる。
「長崎殿が動けば北条軍二、三十万はすぐ動く。足利殿の兵は諸国集めてせいぜい一万とわずかでござろう。・・勝ち目はござるかな?」道誉が訊く。
「北条軍の大半は楠木正成軍討伐に河内に向かうことに相成りましょう。この鎌倉は手薄となる。不意を衝けば、あるいは・・。」
高氏は淡々と答える。
「不覚をとり、討ち損なった時は?」さらに訊く道誉。
「足利は滅亡、この世は何一つ変わらずでござりましょう。・・判官殿は素知らぬ顔でそれを見届けた後、帝を害し奉ればよろしかろう。何の咎めもないはず。それまで判官殿には先帝を固くお護りいただきとうござる。
または、我らの動きにいかなる事があろうとも手出しをなされぬよう、ただそれだけを願い奉る次第。幸いにして世を変えることができるなら、判官殿にとっても良い世であるはず。この取引、どちらに転んでも判官殿には損はござりませぬ。」
「悪い話ではござらぬ。が、なにゆえ掛かる話をこの判官ごときに打ち明けなされるのか。危ないとは思われぬのか?」
「それがしは判官殿を味方を思うてござります。強い味方と思うてござります。・・それでよろしゅうござりますな。」
道誉は高氏の目を見据えたまま杯の酒を飲み干す。高氏も応えて酒を飲む。
道誉が哄笑し、高氏も笑い声を上げる。
高氏は、道誉の脇に控えていた花夜叉に向いた。
「お聞きの通りじゃ。河内の楠木殿によしなにお伝えくだされ。楠木殿がどれだけ北条軍をひきつけておけるか、我らの生死もそこに掛かっておると」
「花夜叉、ぬしは?」道誉は花夜叉と楠木党との関係を知らなかった模様。
花夜叉は高氏に答える。
「花夜叉、これよりただちに河内に向かいますれば、これにて。ごめんくださいませ」
と退出する。
路傍にて
高氏とその一行は、佐々木邸からの帰り、屋敷が立ち並ぶ鎌倉の街路の両側にびっしりと筵に寝転がる貧民達の姿を見る。東北の乱(安東の乱)の後、焼け出され食い詰めた流民が流れ込んでいるという。高氏は流民の群れに取り囲まれる幻影を見る。
このドラマの中で、楠木正成の描写では、正成が農民達と収穫を祝ったり、また農民たちの境遇に心を遣る場面の描写はあったが、高氏を描く中で一般民衆が描かれたのは初めてではないかと思われる。高氏の思慮の中に一般民衆という視点は今まであまり描かれていなかっただけに唐突な印象はあるし、今後も同じような民衆の視点が描かれるのかは注意したい。
思案しながら由比ヶ浜を歩く高氏を、母上がご案じだと弟直義(高嶋政伸)が迎えに来る。
「・・勘の鋭いお方だからのう。ワシが何を考えておるのか、気がかりなのであろう。」母清子の事だ。
「そうかもしれませぬ。兄上が北条に弓を向ける、それは間近じゃ、と。・・直義もそう思うておりまする。その気配が母上にもわかるのか・・」
「恐ろしいことじゃ。そう思わぬか。もはや後戻りはできぬ、そうする他はない。そう思いながら、まだ間に合う、まだ引き返せる、どこかでそう思うておる。恐ろしいのじゃ、戦が起これば苦しむものが巷にあふれよう。登子や千寿王、母上を見るたびに、安穏に暮らすのが良いと、そう思う。
というて、今の幕府は腐りきっておる。このままではいかん。
先の帝は誰もが立派なお方じゃと言う。ならば、帝の力をお借りし、帝とともに良い世の中をつくってみたい。誰もが苦しむことのない、そして美しい国を。
ワシの夢じゃ。直義!ワシは迷うぞ。」
「ワシとて迷いまする。じゃが、夢は捨てられませぬ。夢を失い安穏に暮らしたいと思いませぬ。」直義。
前エピソードと比べると高氏は、一挙に謀叛に心が傾いた様子。確かに前回も新田義貞にそのような事は言ってはいたが、赤橋守時や金沢貞顕ら北条方の親足利派の人物達の思いすらはねつけてでも謀叛に傾いた、最後のひと押しが何だったのかが少々わかりにくいなぁ。
軍議
「なにゆえじゃ、なにゆえ楠木はかように強い。楠木はたかが数百の兵じゃというではないか。」
北条高時邸で開催された軍議の席、上座で声を上げているのは北条高時(片岡鶴太郎)。
執権職を退いたと言っても、依然北条家得宗として表の一番の権力者だ。
楠木正成の後ろには吉野山で挙兵した大塔宮護良親王がおり、諸国の武将に激を飛ばしていると、長崎高資(西岡徳馬)が報告する。
「・・北条を倒した暁には、北条の領地を皆に分け与える、と」恩賞の約束が飛んでいると。
「左様、都の周辺にのさばる悪党、野武士の輩を先々の恩賞で釣って味方に引き入れておるのでござります」話を継いだのは、長崎円喜(フランキー堺)。
「楠木の軍は恩賞に釣られた水ぶくれの軍にござりまする」
それを聞いた高時は幕府も恩賞を与えよ、倍を与えれば戦をせずに済むのではないかと言う。「恩賞じゃ、恩賞じゃ!」と、高時は叫んだ。
「お待ちくだされ、もはや我らには恩賞として与える領地などありませぬ。」
と円喜が高時を止める。
「左様、三浦を滅ぼし、安達を滅ぼし、皆から召し上げた領地はことごとく得宗家が。こと得宗家の重臣長崎家が己のものとなされてまいった。・・皆得宗家が奪ってしまわれた。もはや恩賞に与える領地はございますまい。」
円喜の意見を継ぐように始めたが最後は得宗家・長崎家を批判したのは赤橋守時(勝野洋)。
「赤橋殿、口が過ぎましょうぞ!三浦、安達の領地はここにおられる金沢殿にも分け与えられておる。得宗家だけが私腹を肥やしておるとは聞き捨てならぬ!」
怒りのあまり咳き込む円喜。
「今は誰の領地が多いとか少ないとか、申しておる時では」
あわてて間にはいる金沢貞顕(児玉清)
守時が言いたいのはそこにはない。
「そういう事ではござらぬ。この赤橋を含め、北条一族が諸国の領地をあまた押さえ、勢いその恨みを買うことになった。これは認めねばならぬ、と。」
「だからどうだと言われるのだ!」力づくで開き直るような意見を言うのは常に長崎高資(西岡徳馬)。
「我らの領地を悪党どもにくれてやれと、申されるのか!!」
「左様!北条は奪うのみで与えなければ民の心は離れていきまする。」
「赤橋殿!!!」円喜が叫ぶ。
もともとなぜに楠木ばかり味方が増えるのか?というところから始まった議論だが、ポイントは恩賞の多寡だということになったにも関わらず、長崎高資が悪党に恩賞をやるのか?と、言った事で、ここまでの議論自体を崩してしまっている。
乱を鎮めたいが恩賞としての土地自体が存在しないという、もともとのところで土地本位制とでも言うべき制度の上に成り立っていた幕府のため、その制度疲弊が起きたということだろう。
北条による土地の寡占を崩さない限り根本的な問題は解決できず、そのためには荒療治だが幕府そのものが無くなり、北条家の土地を含めて各土地の支配者をガラガラポンする必要があったということなのかもしれない。
となると鎌倉幕府の滅亡は必然であったというべきだろう。
結局、この土地本位制自体は室町時代も続き、今度は足利将軍家自体が土地をもたなすぎて、衰退してしまうことになるがそれはこのドラマのずっと後の話。
「えーい、もうよい、もうよい!」高時が議論を中断するように叫ぶ。
「貞顕、すぐに出せる軍勢はいかほどじゃ?」
「ざっと十万」
「それで勝てるか?」高時が訊く。
「その十万をこの道蘊にお与えいただければ楠木ごとき一捻りにいたして見せまする」
割って入ったのは僧形の二階堂道蘊(北九州男)。
「よくぞ申された二階堂殿。御辺が此度の大将じゃ!」円喜が言う。
円喜がここで声をあげたのは、道蘊への賛意よりも得宗家長崎家の立場が不利になるような議論から話題を変えたいということだろう。
このあたり、単に議論を壊すだけの高資よりも円喜のほうがずっとずる賢い。
高時が珍しくまっとうに意見を言う
「赤橋、北条が富み栄えるは父祖代々の血と汗の賜物ぞ。それを手放せと申せば今度は北条のうちうちで争いが起きよう。難しいのぅ。戦は好かんが、やむをえまい」
「さりながら!」守時はまだ食い下がる。
そこへ庭に遊ぶ高時の愛妾顕子(小田茜)らの嬌声が聞こえ、蹴鞠の鞠(まり)が軍議の場に転がってきた。
「後はよしなに」高時は顔を緩め、にやつくと鞠を持って庭に飛び出す。
「太守!」守時の声はむなしくなる。
軍議の話題はすでに、十万の出兵の内訳の話となり、ここに根本的な議論は永遠に失われていた。
鎌倉勢の出兵
足利家筆頭重臣というべき執事高師直(柄本明)が幕府出兵の件、東国から十万の兵が出兵することになったが、そこには足利家ははいっていない、と高氏に報告する。
「足利は出ずともよい、と?」と高氏。
「主力は北条の方々にございます」
「十万余りなら、まだ相当の兵力が鎌倉に残ることになる・・」
「北条殿がこのまま、足利家を温存するとは思えませぬ。おそらく足利を含む第二陣の出兵があるやに思われます。」
冷静な分析を加える師直。
「第二陣が出る折こそ、この鎌倉が手薄になる時かと。」
「それまで楠木殿が持ちこたえるかどうか。十万以上の兵を相手に持ちこたえられるかどうかじゃ。」
1333年正月半ば、幕府軍の第一陣が西へ出立する。その旅が二度を帰ることのない片道の旅となるのである、というナレーションが印象的。
久子と卯木
楠木正成は、花夜叉から高氏の言葉を伝え聞き、幕府軍をひきつけるため河内に軍を引き上げる事を決める。
「・・戦を長引かせて、皆長持ちして、死なぬように戦うて、敵をひきつける。」
正成の決断はちょうど高氏のプランに乗った形だ、はからずも本来敵味方であるはずの二人の男の思惑が一致した瞬間。
正成他男衆が退出し、残った正成妻久子(藤真利子)と花夜叉。
「申し訳ござりませぬ。大事な話をお持ちになられたのに、殿はあの通りで」きっちりと礼を言う久子。
「義姉様、よろしいのです」花夜叉こと卯木も礼を返す。
「あれで真はうれしいのです。それならそうで、「かたじけない」とはっきり申せばよいのです。」
「あれが兄上なのです。」
「意地っ張りなのです。」意見が一致する二人。
「ようわかります。私もそうですから。武士の家が嫌になり、猿楽舞と駆け落ちしてからもう十何年。意地を通しておりまする。」
「もう相手の方もお亡くなりになられたではありませぬか。なにゆえでござりまする?
なにゆえ、武士の家がおいやになられたのです」
父親が戦で捕らえた6つ7つの子を畑で切り捨てるのを見たからだ、と答える花夜叉。こちらがやらねば相手がやる、戦とはそういうものだ、武士とはそういうものだと言われた、と。
「それなのにようわかりませぬな。こうして楠木家が一大事じゃと、戦の手伝いをしておりまする。」
「やはりよう似ておりまするな。卯木殿と我が殿は。どちらも武門に向かぬお方じゃ。戦嫌いが戦をしておりまする。」
二人の女性が、ひとりは妻としてひとりは妹として正成を論評するのが可笑しいシーン。ここまであまり接点がなかった二人だが今後どのように絡むのかはいまひとつ想像がつかない。
感想
楠木家のシーンの後、隠岐島での後醍醐帝のシーンがはいるのだが、帝の愛妾阿野廉子(原田美枝子)が帝を睦まじくしているもうひとりの愛妾小宰相(佐藤恵利)に嫉妬するというシーンなので割愛。
小宰相が実際の眉を抜いてさらに高い位置に円形に描いた殿上眉のメイクなのに対し、阿野廉子は実際の眉をベースにした引眉風のメイクになっている。この眉に関するメイクの違いがなんらかの演出の所以なのかは現時点はよくわからない。
さて今回は記事内に書いたように高氏が事実上、謀叛を起こす事を佐々木道誉に告げるという場面となった。道誉は北条高時とも近く、また高氏は道誉に何度か裏切られてきていることを考えると、ここまで軽々しく事を告げてよいのかという気がかなりする。ただ言った事により道誉の帝弑逆という軽挙を押し留め逆に護ることを実現し、また花夜叉を通じて楠木正成に対して意を通じることとなることを考えると、一石二鳥と言えなくもない。
でもまぁここまで描かれてきた、幕府こと長崎家の諜報網などを考えると露見のリスクのほうが高そうに思える。
またもうひとつ気になったのは、帝の力を借りて、世の中を正したい美しい世を実現したいという高氏の思いの話。
かつて赤橋家から登子を迎えるにあたって、赤橋守時と手を携えて幕府を変えたい、世の中を正したいという話をしていたはずだが、その後、赤橋守時が執権になった後も、「今日まで安穏にお暮らし」(by 道誉)と中央に出ることなく数年をすごしている。
おそらくこの後、後醍醐帝による新政においても、世の中はただせず、美しい世は実現できなかったため、自ら幕府を開くこととなり、その後の観応の擾乱なども同じような理由で行っていくのかもしれないが、今後の高氏を測る上でのキーワードだろう。
北条高時邸での軍議のシーンは鎌倉幕府そのものの制度が抱える問題点をあぶり出しているようで非常に面白いシーンであった。また時折、鋭い意見を言いながらも最後は会議を捨て、蹴鞠に興を移してしまう高時演じる片岡鶴太郎の演技はよかった。