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「RISING SUN」(MMP)を入手する(2) 日本軍の車両・砲兵器

ASLの太平洋戦域モジュール「RISING SUN」が再販されたので入手した。

 

前の記事で三式戦車以降の車両は実用化されても実戦投入されていないため、ASLではユニット化されていないといった主旨の事を書いた。実際にデザイナー側にそのような基準があるのかはわからないが(いつか他国の車両・砲兵器で調べてみよう)、実戦投入された車両では結構マイナーなものがユニット化されていて、さながら日本軍装備の車両・砲兵器一覧といった観をなしている。

日本軍の車両にはマイナー車種が多いのですが、特に注目した車両を紹介していく。

 

一式砲戦車ホニⅠ

f:id:yuishika:20211211152637j:plain 九七式中戦車の車体に、日本陸軍の対戦車砲装備の中で唯一実用性能に達していたといってよい九〇式野砲を装備した対戦車自走砲
砲戦車というのは日本陸軍独自の分類らしく、英訳するとそのまま「Gun Tank」とされている。一式砲戦車は装備は固定式だが、砲戦車の思想としては旋回砲塔を備えることが理想とされていたということなので、ドイツ軍が保有していた固定砲の自走砲、例えば、マーダーあたりではなく、アメリカ軍が保有していたM-10、M-18あたりに似たスタイルを志向としていたのかもしれない。

この一式砲戦車、生産台数は124両。10両が第二戦車師団の部隊としてフィリピンに送られるが6両は海没し、戦闘に参加したのは4両だけである。
装備した部隊一千数百名は、1945年1月から6月初旬にかけ、制空権がない中、活動し続けた。

H章では次のような説明されている。

九七式中戦車チハの車体に九〇式75ミリ野砲を搭載した。中国の第三戦車師団と、ルソン島の第二戦車師団で使用された。本車両は、自走砲部隊(ルソン島では、機動砲兵第2連隊所属)か、対戦車部隊または軽突撃砲部隊(この場合は戦車連隊の中に中隊規模(10両))に配備された。124両すべて日立製作所が製作した。
(自作シナリオでは)中国大陸とルソン島でのみ登場することができる。

ユニットに記載されている各種記号から読み取ることができる本車両の性能は次のような評価である。

  • オープントップ(上部開放型)車体
  • 移動力・装甲値はベースとなった九七式中戦車と同じだが、砲塔(上部構造物)の後面は非装甲
  • 「低接地圧」に分類されているため、建物などの障害物ヘックスにはいった時に走行不能になりにくい(車体重量に対して十分な性能の無限軌道をもっていたということになる)
    ちなみに九七式中戦車自体も「低接地圧」に分類されている
  • 兵装は75ミリ砲のみ。元になった九〇式野砲と同じく、故障値が通常の兵器よりも悪く、故障を起こしやすい兵装となっている

 

四式十五糎自走砲ホロ

f:id:yuishika:20211211225734j:plain フィリピン防衛線には参加したさらにレアな車両として、生産台数は12~25両とされている(Wikipediaより)本車も収録されている。フィリピンでは、苦心の末に揚陸された2両が活動しており、今年発売された「歴史群像」のいずれかの号にこの部隊に所属した当時の戦車兵の方の証言記事が収録されていた。

H章では次のような記述。

日本陸軍が機動砲兵を組織するために用意した。本車両は九七式中戦車チハの車体に,、三八式150ミリ榴弾砲(1900年代初め頃にクルップ社からライセンス生産された)を搭載し、一式砲戦車ホニⅠと似た形状となった。少数の本車両は、1945年のルソン島アメリカ軍と戦闘を行っている。戦後の資料では本車両を、三八式や九八式と誤って記載しているものもある。
(自作シナリオでは)ルソン島でのみ出現することができる。

ユニットから読み取れる本車両の性能は次の通り

  • オープントップ(上部開放型)車体
  • 移動力・装甲値はベースとなった九七式中戦車と同じだが、砲塔(上部構造物)の後面は非装甲
  • 「低接地圧」に分類されているため、建物などの障害物ヘックスにはいった時に走行不能になりにくい
  • 兵装は150ミリ砲のみ。短砲身。榴弾砲のため徹甲弾AP弾)は使えない。対装甲車両戦闘は不得意だが、口径の大きさから対歩兵戦や非装甲戦力に対する攻撃としてはかなり威力がある兵器といえる
  • 弾薬搭載量が少なく(wikiによれば12発)、弾薬欠乏を起こしやすい
  • 破壊判定の際に炎上しやすい車体ということでマイナス修正を受ける(搭載している弾薬のせい?)
  • 「追加射撃」(緊急時の急速射撃)ができない(砲弾が大きいため連続射撃などには適さないということなのだろう)

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ルソン島,1945

 

特二式内火艇カミ

f:id:yuishika:20211211230555j:plain 「艦これ」や「ガルパン」にも登場し今やマイナーとは言えない車両だが、特二式内火艇カミも登場している。ASLでは、フロートの装着時と取り外し後とで別ユニットが用意されているなど凝った仕様になっている(掲載したユニット図は、取り外し後の状態)。

H章の記述。

1933年から1941年にかけて日本陸軍は3種類の異なる種類の水陸両用戦車を試作した。日本海軍はこうした試作を踏まえ1942年、九五式軽戦車ハゴをベースに、本車両を開発した。本車両は鉄製の2つの分割されたフロートを車体の前後にとりつけており,、戦車の中から取り外しができるような仕掛けになっていた。水中での推進力と操舵は2つのプロペラと舵によって行う。装備として主砲と同軸での機銃を搭載している。180両が生産され、海軍陸戦隊で利用された。フィリピンや太平洋の島嶼防衛(クェゼリン諸島やサイパンなど)で少数の本車両が見られた。

水陸両用能力について、フロート装着時の制約について(機動性が減殺される他、行動に制約が発生する)、またフロート取り外しに関するルールなど、本車両のために細々とルール化されている。なお一度取り外したフロートはゲーム中、再装着することはできないとされている。

 

九五式装甲軌道車ソキ

f:id:yuishika:20211211230018j:plain 中にはなんでこんなもの!?、と絶句しそうになる車両もユニット化されている。本車両もそのひとつで、わざわざ本車両を登場させるシナリオはありえるのか?
無限軌道の他、軌道走行用の鉄輪も装備していて、レール上を走ることも、レール外を走ることもできたという装甲車。装輪式ではなく装軌式なので見かけはまんま戦車。
仕様から想像できるように中国大陸で使われたとあるが、ビルマ戦線にも投入されたとのこと。

H章での紹介は次の通り。

この珍しい車両は初期の九一式装甲車(訳註:正式には九一式広軌牽引車の事と思われる)と同じ様に、鉄道工兵が、鉄道警備のために開発したものである。九一式広軌牽引車と異なり、本車両は乗員が搭乗したままで軌道走行用の鉄輪を水力により車体内に格納し、代わりに野外走行用の無限軌道を使うことができるようにすることができた。つまり本車両は必要に応じ、線路から外れた攻撃を素早く行うことができるという点で装甲車よりもより実用的な仕様になっていた。本車両は九一式広軌牽引車と同様に、小編成の列車の前後におかれることが多かった。また鉄輪の幅は異なる軌間に調整することができた。本車両は九四式装甲車を大きくしたようなデザインであったが、標準的な固定兵装をもたなかった。代わりに乗員は銃眼から軽機関銃や歩兵装備の兵装を用い射撃を行った(ゲーム内では単純に砲塔に軽機関銃(LMG)を装備しているものとみなす)。本車両の多くは中国戦線で用いられたが、一部はビルマにも配備された。

主兵装の標準射程は8ヘックスである。武装の取り外しや挑発(Scrounging)[A20.552]が可能である。

固定装備を持たなかったのは固定装備を持つと戦車となるため歩兵学校の管轄となり、工作用車両としては認められないという事情からだとか。固定兵装をもたずに軽機関銃を銃眼から出して射撃を行った・・。海軍対陸軍のセクショナリズムは有名だが、同じ陸軍内の兵科別のセクショナリズムのなせる結果といえるだろう。

 

九五式軽戦車 ハゴ

f:id:yuishika:20211211230214j:plain 最後は九七式中戦車と共に日本陸軍戦車部隊の主力であり続けた本車。H章の説明では、九五式軽戦車だけではなく、日本軍が鹵獲して使用したM3スチュアートについて触れている。スチュアートについて日本軍鹵獲版ユニットは収録されていないがシナリオに登場させてもよいということだろう。

1933年、八九式中戦車の性能不足からより軽量で快速な砲装備の戦車が必要とされた結果、九五式軽戦車ハゴが生まれた。中速度の37ミリ砲、八九式中戦車後期型と同じ空冷式ディーゼルエンジンを搭載したが、装甲は12ミリしかなかった。騎兵学校は仕様に満足したものの、歩兵学校ではより重装備の兵装と装甲を求めた。騎兵部隊が主な配備部隊になることが想定されたため、歩兵部隊からの要求仕様は抜きにして生産にはいることとなった。いったん配備されると、高い信頼性から前線からの評価を得ることとなった。性能が陳腐化した1943年まで生産は続けられ、結果的にその間、本車両の後継にあたる車両は設計書以上になることはなかった。

初戦は1937年中国の関東軍に配備された戦闘であった。すぐにそれまでの装甲車や豆戦車の役割(多くは師団直轄の戦車中隊配備)に取って代わり、いくつかの軽戦車連隊が編成されることとなった。1941年まで中戦車装備の戦車連隊には軽戦車中隊が配備され、また独立した軽戦車中隊も編成された。
日本海軍陸戦隊でも本車両は使用された。軽戦車中隊の1個小隊は3両の車両からなり、中隊は通常10両の車両を擁していた。九五式軽戦車の正式な名称はケゴであったが、試作段階で使用されたハゴという呼称のほうがより多く使われた。ニックネームKYU-GOであった。約1250両が生産された。第2次世界対戦中、九七式中戦車チハと並んで日本軍の戦車連隊の主力装備として活躍した。

日本帝国陸軍は本車両の後、いくつかの異なるタイプの軽戦車を開発したが、全ては日本国内に留め置かれた。1942年の早期においてビルマにおいて複数台のM3スチュアートが鹵獲され、日本軍の第14戦車連隊にて1944年の中頃まで使用された。最後の1両は同年6月、Tiddim Roadで失われた。M3スチュアートは、1942年のフィリピンでも日本軍によって鹵獲された。

 

 

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戦車を中心に紹介したが、他にも装甲車・装甲歩兵輸送車(一式装甲兵車ホキ)から各種トラック類、また日本版ジープである九五式小型乗用車までユニット化されている。

砲兵器はさらに多彩。ただし硫黄島沖縄戦で有名な九八式臼砲はASLの枠組みではスケール外なのかユニット化されていない(見つけられなかった)。

 

次回はシナリオあたりを眺めてみたい。

(つづく、か?)