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大河ドラマ「太平記」22話「鎌倉炎上」:主人公の登場はラスト3分のみ、残りは全て鎌倉攻防と北条氏の滅亡が描かれるという異色の回

全編45分のうち、主人公足利高氏の登場シーンはわずかラスト3分間のみ。巻頭から全て鎌倉攻防戦と北条氏の滅亡が描かれるという異色の回です。

 

前回のあらすじ

丹波篠村で決起した足利軍は踵を返し京都に攻め入る。赤松則村千種忠顕の軍に対しては良く防いでいた六波羅軍も足利軍の裏切りには総崩れとなり夕刻には大勢は決した。

同じ頃、上野国新田荘では新田義貞が高氏との盟約に沿い兵をあげようとしていたがわずか150騎しか集まらず苦慮していた。そこへ、守護代長崎氏の徴税使が、昨年から再三に渡って繰り返される銭の強制徴求に現れる。そのあまりにも不遜な振る舞いに新田義貞は我慢ができず、徴税使を切り捨ててしまった。
義貞はようやくにして決起を決意し、翌早朝、国府を襲撃した。

新田軍は鎌倉に向う道々で次々と規模を大きくし、また足利家嫡子千寿王と合流することで、源氏がこぞって参加することになっていく。
新田軍は幕府の鎮圧軍と数度の合戦に及び、全て退けることにより鎌倉に迫った。

足利高氏佐々木道誉の裏切りと京への侵攻、新田義貞蜂起の事は鎌倉にも伝わる。
源氏が一斉に動いている事を憂慮する長崎円喜に対して、金沢貞顕は京の心配よりも鎌倉を心配しろと主張する。
そのような中、六波羅陥落の報が入る。

楠木正成が籠もる千早城を包囲していた数万と言われた幕府軍六波羅陥落の報を受け、京の足利軍との挟撃を恐れ撤退するが、楠木党の追撃や撤退時の混乱、従軍した御家人達の士気低下などにより軍を大きく損ないそのまま雲散霧消してしまう。

鎌倉に新田軍が迫り、混乱する中、北条高時の元、赤橋守時が鎌倉防衛のための出陣の許しを得ようと現れる。赤橋守時は高氏から人質として預かっていた高氏の妻子、登子と千寿王を故意に逃したとして謹慎処分を受けていたのだ。
周囲の者が反対する中、高時は言う。
「赤橋が永の別れにまいったのじゃ。生きて帰らぬつもりぞ」

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開戦

5月18日早朝、新田軍は攻撃を開始。この時の両軍の兵力は、新田軍は20000余り、北条軍は30000から40000であったとナレーションで紹介される。

鎌倉攻防戦の切通しでの戦闘シーンのロケ地が今までも赤坂城などのロケ地と同じ採石場のようなところなので、これまでの城攻めシーン以上に雰囲気が出ない。もっぱら脳内補完で見るしかなかったのはとても残念であった。

古典太平記の兵力の記述ははなはだ大げさで鎌倉に押し寄せた新田軍が60万騎であったといった記述があるが、ドラマでは一貫して粉飾を取り払った現実的な人数が紹介されており、安心できる。

新田軍が侵攻路に選んだ、極楽寺坂、化粧坂巨福呂坂はいずれも鎌倉七口に選ばれる通り道だが、いずれも幅は狭く攻めるに難く、守るに易い場所であったと想像される。また北条軍の兵力は新田軍よりも多いところから見ると、どうして北条軍が負けたのかと言いたくなるような状況ではある。
兵力についてはWikiでは新田軍のほうが多かったと書いてあり、常識的には新田軍のほうが多かったのではないかと思われるのだが・・

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赤橋守時の最期

赤橋守時勝野洋)の一手は巨福呂坂(こぶくろざか)の外縁である須崎まで新田軍を押し、激戦となる。
激戦の末、傷つき後退した守時の前に一色右馬介大地康雄)が現れる。
「この守時に逃げよ、と仰せられるか?赤橋守時幕府の長たる執権ぞ。足利ごとき外様ずれに情けを掛けられる云われはない。
守時はきっぱり右馬介の申し出を断る。
「そこを曲げて。なんとしても赤橋殿には生きながらえていただきたい、と。」
守時は口調を変え、右馬介に聞き返す。
「登子と千寿王殿は、つつがのう逃げおおせましたか?
登子へ、足利御台所へお伝えくだされ。これで思い残すことはない。心を強う生き抜かれよ。それが兄の願い、と。
・・さあて、もう一合戦、北条の戦いぶりを披露つかまつろう。
堂を出る守時を礼で見送る右馬介。

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同夕刻、守時は退却を拒み自害した、と云う。享年39歳。

かつて足利家と縁戚になるにあたって、高氏に対して「共に幕府を変えよう」とまで言った志高き、だが、実際に執権になっても実権は長崎父子に握られたままで思うに任せなかった。その後も筋は通そうとするが、幕府に背くという一線は、越えられなかった。最期まで北条家の一員であろうとした。

守時戦死の報は、柄沢に避難した登子の元に、右馬介によって届けられる。

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稲村ヶ崎

ここで有名な稲村ヶ崎の逸話が描かれていく。

  • 渡渉にあたって新田義貞は刀を海神に捧げる。
  • 潮が引いたタイミングで浅瀬を馬と徒歩で渡る。
  • 別働隊が人家に火をつけたことで街が燃え上がり、沖合の北条の軍船の兵が気をとられているうちに、義貞の一隊は稲村ヶ崎を越えて侵攻した・・

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死守

北条高時邸では、鎌倉からの退去を勧める長崎円喜フランキー堺)に対して、高時(片岡鶴太郎)が拒み続けていた。
「・・皆が戦こうておるのになぜワシが逃げる。鎌倉を守るためにあまたの者が死んでおる。
鎌倉のためではござりませぬ。北条家を守らんとして戦こうておるのでござります。北条家の主は太守でござりまする。太守に万一のことあらば、死したる者も浮かばれませぬ。」
「そらぞらしいぞよ。ワシが死んだとて誰も泣きはせぬ。愚かな高時がこの日を招いたのじゃ。皆手を打って喜ぼうぞ。」

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「太守。」円喜はたまらず言う。
「ワシが死んで泣くのはのぅ。ワシが育てた田楽一座の者、白拍子闘犬の犬1000匹。
おー、そうよ。ワシが逃げるなら田楽も犬どもも皆連れて行かねばのぅ。あれがのうなってはこの高時は死んでも同然ぞ。」

言っている事が支離滅裂になっていく高時。たまらず金沢貞顕児玉清)が口をはさむ。

恐れながら、鎌倉を捨てるとは申しておりませぬ。一時用意いたした舟にお乗り遊ばし、騒ぎが収まるまで鎌倉沖にて・・
くどい!鎌倉あっての北条、鎌倉あっての高時ぞ。ワシは動かん。
言うなり奥に引っ込んでいく高時。
あわてて追いすがる貞顕と円喜。

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ここに至ってもどこまでが本気かわからない高時の振る舞い。
愚鈍の長は下のものからすると御しやすかったのかもしれないが、最期の最期になって頑なになってしまった。
合理的に考えれば、円喜や貞顕の言う一時的な鎌倉放棄が妥当なはずだったが・・

「なんとしても太守をお逃し奉らねば。のぅ、長崎殿?力づくでもお運び致さねばのぅ?さぁ、方々、守りが破られてからでは遅い。直ちに、さぁ、さぁ
周囲の者たちに動き出すよう促す貞顕。が、じっと高時を見ていた円喜が口を開く。
「金沢殿、太守が逃げぬを仰せられているじゃ。太守の仰せも道理ではある。この鎌倉は我らが築いだ北条の都。我らが分身ぞ。それを失のうて、いずくにか我らの立つべきところやある。」

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「愚かなことを」貞顕はすかさず言う。
「生きていればこそ、花が咲く。我らが立つべきところは他に探せばよい!」

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「では、勝手にお逃げなされ。・・それがしの孫たちはのぅ、極楽寺口で戦こうておるのじゃ。励ましてやらねばのぅ。・・高資、この鎌倉を死守いたそうぞ!!」
長崎一族の者たちは唱和して立ち上がった。

ここまで稀代のマキャベリストとして辣腕をふるってきた長崎円喜が最期の最期になって、鎌倉と北条高時に殉ずることを決心した場面、一方で再起の芽はあると最期まで抵抗する金沢貞顕
ただ北条一族の多くは円喜の呼びかけに応じることで、北条家滅亡に殉ずることを心に決めたというシーン、見応えがあった。
この間、剛腕でならした高資が一言も口を挟まないのも不思議。

 

乱戦

新田義貞の一隊は稲村ヶ崎を越えて鎌倉市街に突入する。
それぞれの攻撃をおこなっていた極楽寺坂、化粧坂についても木戸を内側から破ることで、突破され、包囲軍が大挙して市街になだれこんだ。

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暗闇に近い中での乱戦、ただでさえ敵味方の区別がつきにくいところを夜の闇の中ではどのように判断したのだろうか?

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夜が明け、市街で逃げ惑う民衆、浮足立った北条軍と追いすがる新田勢の戦いが描写される。逆茂木を置いた北条方の弓兵の陣に突入してくる新田勢。
逃げる北条兵を押し留めようとする大兜をかむった将。

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途中NHKらしからぬシーンもあったりするのは時代か(本作は1991年の作品)。

 

東勝寺

北条高時亭。
鎧姿の高時が顕子(小田茜)に化粧をさせている場面からはじまる・・。そこへ高時子飼いの田楽舞の一座が避難してくる。

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「皆ワシと一緒に参れ。これより葛西ケ谷(かさいがやつ)の東勝寺に行く。東勝寺ならまだ敵の手は届かぬ。灰となるわが鎌倉の供養をいたすべし。田楽舞をいたそうぞ。」
高時は顕子の手をひきながら言う。

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北条家の人々は菩提寺である東勝寺に集合し、ここを死に場所とする暗黙の了解があった、と云う。
一同の前には膳が用意され酒を煽った。長崎高資は傷を負い柱を背にようやく座っている状態までになっており、円喜に勧められた酒すらもはや飲めなかった。

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やおら高時が立ち上がり舞を舞い始める。
やがて外より火矢が飛んでくるようになる。不意にあがる悲鳴。
「誰だ、わめいたやつは。なぜ皆うたわん?高時ひとりではおもしろうもなんともないわ」高時が咎めるように云う。

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太守、只今、我が子、高資。戦の傷の深き故、恐れがましゅうはござりまするが、死出の先駆け仕ると申し、相果てましてござります。」円喜が高時に報告する。傍らに脇差を首にあて果てた高資。
「さても気短な。もう死んだかや。まだ舞は残っておるのに・・」

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硬軟とりまぜた手練手管で政治を行った父円喜と比べると、高資の手法は権威を用いた高圧的・強権的な手法が目立った。高氏もどれほどこの高資に苦汁を飲まされたことであろう(父貞氏法要実施の件の時とか)。あちこちで賄賂をとった吝嗇家。また北条家や長崎一族の権力の拡大にひときわ貪欲で反感を買った面は否めない。

そこに高時の母覚海尼の元から高時の死を看取るべく遣わされた尼、春渓尼が現れ、謡の合いの手をやりましょうと言う。
春渓尼は覚海尼はすでに円覚寺に逃れたと報告すると、高時は喜び
「お会いはできぬが、安心致した。高時がこの通りの者故、長い間、ご不幸をおかけしました、と、帰ってお伝えもうしあげてくれ。」と言う。
「覚海尼様より、人の死の後先などつかの間の事、どうぞお取り乱しなく、北条九代の終わりを潔く遊ばすように、とのお言葉にございます。」
「潔く?」
花も咲き満つれば、枝を離れる日も否みようなく参ります。
そこまで聞き、ふっと笑った高時は、
高時は花か?だが人間には業がある。死にたくないと啼き吠えて死ぬまもしれぬ。
「さぁ、舞をおすすめあそばせ」

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抜身の刀と扇を持った高時は、春渓尼の謡に乗り舞を再開するが、
「世の中、謡のようにはまいらん。」と不意に舞を止める。
後ろに控えた顕子を連れ出し、
さらば高時も甘んじて地獄に落ち、世の畜生道をしばしあの世から見物いたすかのぅ
座の中央に座り、腹に刃をあてようとした時、外で喚声がするとうろたえて、
「来た?敵が来たのか」とたちあがってしまう。
円喜が「敵はまだ見えません。ご案じのう」と押し止める。
「太守がお寂しそうじゃ。皆ここへ」春渓尼が局、女房を集め、女どもが念仏を唱え始める。
取り囲まれて逃げ場も無くなった高時、息も荒く立ち上がったまま、不意に腹に刃をつきたてる。

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円喜、これでよろしいか。春渓尼、高時、こういたしましたと母御前にお伝えしてくれ」やっと言うと、もんどりうち顕子の腕に倒れ込み、絶命する。
続いて顕子が、「皆様、お先に」と言い残し、小刀を首にあてる。

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円喜が春渓尼に出ていくように促す。

金沢貞顕はいったん切腹しようとするが、あきらめ嫡子貞将に自分の胸を脇差で差すように促す。貞将は父貞顕の胸を刺し、そのままその刃を自分の首にあて切る。

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すすり泣きやうめき声、念仏が聞こえる中、次々と相果てる武者達、すでに局、女房も果てた。広間に集まっていた皆々がひとしきり倒れたことを確認したかのように、円喜は自らの懐をくつろげ、刃をあてる。その刃を腹から戻すと、首にあてかき切った。

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焼け落ちた東勝寺の跡地にたたずむ右馬介。
右馬介は高氏宛の書状に言う。
「5月22日、北条殿のご最後しかと見届け候。わずか5日の戦にて候。新田殿の戦の采配見事に候。鎌倉も北条も焼き尽くして候。千寿王殿、御台殿、25日、鎌倉にご帰着あそばされ候。変わり果てた鎌倉の様に皆袖を濡らし候。足利の陣営、戦に勝ったと笑うもの一人もなく、不思議な勝ち戦にて候。

 

右馬介の手紙を読み終えたところで高氏は立ち上がり、外を見る。
そこへ、上半身半裸の赤松則村(渡辺哲)が現れ、
「これは足利殿。お聞き及びになりましたか?鎌倉が落ちたという報せを。これで我らの世じゃ。良い世の中になりまするぞ。」と言い残し去っていく。

「戦には勝ったが、あの子らに食べ物を与えねばならん。家も建てねばならん。これから大仕事じゃのぅ
高氏は直義(高嶋政伸)と高師直柄本明)に言う。

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