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ASLSK シナリオS77 DUTCH TRUCKS をプレイする(1)シナリオ訳出・背景等

先ごろ発売されたアドバンスドスコードリーダー スターターキット(Advanced Squad Leader Starter Kit)シリーズの拡張キット#2より、シナリオS77です。

1942年の蘭印戦です。上陸直後、町を占拠した日本軍に対して、オランダ植民地軍が軽戦車や装甲車からなる装甲部隊をもって逆襲、突破を図ってくるというシチュエーションのシナリオです。
一方の日本軍は、速射砲や聯隊砲をもって迎撃しなければなりません。

yuishika.hatenablog.com

 

今回の記事はシナリオカードの訳出とシナリオ背景になります。

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ASL SCENARIO S77 DUTCH TRUCKS

ジャワ スバン 1942年3月2日

シンガポールスマトラの陥落、ジャワ沖海戦の大勝の後、1942年3月1日、日本軍はジャワのオランダ領東インド諸島に侵攻した。日本軍主力の第2師団は本島西部のメラック(Merak)とバンタム湾(Bantam Bay)に上陸しバタビア(Batavia:現ジャカルタ)に向けて進撃を開始した。第230歩兵連隊を基幹とする東海林支隊は、重要拠点であるカリジャチ(Kalijati)飛行場を占拠するため、東側のEretan Wetanに上陸した。
上陸成功後すぐに東海林支隊はイギリス軍の粘り強い抵抗を排除し*1、東海林大佐を含む司令部要員が近隣のスバン(Soebang)に3月2日午前5時に到着する間には、飛行場を占領した。
東海林支隊の兵達が朝食の準備と装備の手入れをつつ、勝利を喜んでいる時、Wulfhorst大尉率いるKNIL軍(王立オランダ領東インド軍)の機動部隊(Mobiele Eenheid)は、戦車と機械化された歩兵による反撃を開始した。
KNIL軍第1戦車小隊の戦車を伴う攻撃により最初は衝撃を受けたが、東海林支隊の司令部部隊と予備部隊は町を捨てることなく迎え撃ち、数台の車輌、歩兵が搭乗した上部開放型の装甲車輌を破壊しKNIL軍を退けた。KNIL軍の残った歩兵は車輌から下車し第2戦車小隊の支援を得ながら町への侵入を試みた。

勝利条件

オランダ軍はマップ北端より12ポイント以上を脱出させると勝利となる。VPは以下の通り。

分隊:2VP、半個分隊:1VP、指揮値-1指揮官:2VP、指揮値0、+1指揮官:1VP

稼働する主砲を搭載したAFV:5VP、主砲が非稼働のAFV:4VP

ターン

全4.5ターン(オランダ軍先攻で6ターン目の日本軍プレイヤーターンにて終了)

バランス調整

日本軍:戦闘序列に2-2-8操作班1ユニットとATR1ユニットを追加する

オランダ軍:勝利条件をVP12以上ではなく、VP10以上に変更する

配置

日本軍:第38師団、第230連隊の一部[ELR:4]

マップl、mのヘックス番号5以上に配置

オランダ軍:機動部隊の一部[ELR:3]

第1ターンにマップ南端より進入
第2ターンにマップ南端より進入

シナリオ特別ルール

  1. 太平洋戦域の地形(8.2)は、疎生ジャングル含めて有効
  2. 第1ターン以降、オランダ軍の帰還(Recall)状態にないAFVは移動する際はDRにて8以下の数値を出さなければならない。移動フェイズの最初に隣接しあっているAFVがあればそれぞれの車輌において−1のDRMを適用することができる。そのAFVがDRに失敗した場合、移動することができず、機動中(Motion)であった場合はすぐに停止しなければならない。
  3. オランダ軍の(G)分隊は、未熟兵ペナルティは受けない。

顛末

完全に警戒していた日本軍は、第2戦車小隊の車輌のいくらかを破壊するることで、オランダ軍歩兵の町への侵入を阻止した。歩兵の支援がなければ町の確保は難しく、第1、第2戦車小隊の残余の車輌は撤退した。
その日遅く、第3戦車小隊は撤退を支援するため歩兵と攻撃を行った。この一連の攻撃におけるオランダ軍の損失は大きく、13両の戦車、装甲車、また装甲トラックが破壊され、50人を越える死傷者が出た。
3月9日、ジャワ島の連合国ABDA軍は降伏した。
日本軍第2師団と第230歩兵連隊は、後日ガダルカナル島に派遣され、そこで蹉跌をきたすこととなる。

登場兵器に関するノート(追記)

オランダ軍側に3種類の車輌、日本軍側に3種類の砲が登場しますので、それぞれNOTEの内容を記載します。 

VCL M1936(b)

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1935年、オランダ軍はVCL B型 1935年式軽戦車を73両、ヴィッカーズアームストロング社に発注した。その後の戦争の拡大に伴い、受領したものは25両以下に留まり、また納入された型も VCL Model1936となった。
KNIL軍(オランダ植民地軍)の機動部隊”Mobiele Eenheid”は、ジャワ島のKNIL軍における唯一の装甲部隊で、7両からなる小隊2個と3両の予備を保有していた。KNIL軍が降伏した際、日本軍は15両を鹵獲し利用した。

【特別ルール】

なし

 

CTLS-4(a)

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1940年、KNIL軍は装備の機械化プログラムを開始したが、欧州や祖国自体が積極的に戦争の準備をしているか、戦争中であったため、代替の車輌の調達元を見つける必要が生じた。残った調達先はアメリカであったが、アメリカの多くの工場もすでに、アメリカ軍の軍拡や新しくはじまったレンドリースプログラムのため押さえられていた。調査の結果、まだ調達の余裕がある先として、Marmon-Herrington社が見つかり、1940年、KNIL軍は新たに生産にはいる新型の軽戦車600両を発注した。その最初の納入がCTLS-4軽戦車であった。
同車は操縦者の配置によって2つのバージョンがあった(欧州の民生車輌における操縦者の配置が右側・左側で異なることに対するための対応であったという話がある)。こうした設計と生産の問題から最初の発注は太平洋戦争が勃発した直後まで遅れた。
日本軍は1942年オランダ領東インドに侵攻したが、最初の24両のMarmon-Herrington CTLS-4軽戦車がジャワ島のオランダ軍に納入されたのは2月中旬であった。納入時点では車輌には装備はなかったが、30口径のブローニングM1919機関銃に似た機関銃がオランダ空軍から調達され、車輌に装備された。最初の7名の乗員の訓練は日本軍の侵攻直前の2月27日に始まった。
1942年3月8日、KNIL軍が降伏し、日本の占領軍はこれらの車輌が新品の状態であるのを見つけ、すぐさま利用に供した。

【特別ルール】

CMG(共軸機銃)については射界の制限がある。
車体射界の左側方向への射撃ができない。加えて砲塔射界について、砲塔の向きを変える際に、左側領域を通る形での射界変更はできない。詳しくは図面を参照すること。
これらの制約については、ユニット裏面に”Port VCA NA”と記載している。

 

Harmon-Herrington III(b) 装甲車

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リビアの砂漠におけるイギリス軍の運用終了に伴い、イギリス軍はKNIL軍に対して本車両の払い下げを行った。日本軍の侵攻前までにおよそ50両が到着していたが、供与された車輌からは主兵装が取り外されていたため、KNIL軍は砲塔にヴィッカーズ製の機関砲を2門取り付けた。”Depot Vechwagen”隊は、10両を装備していたが、1942年3月5日、バンドン郊外の戦闘でそのほとんどを失った。

【特別ルール】

徹甲弾(AP)による破壊確認表(AP to Kill Table)の機関銃(MG)の欄を利用する際には、2回の破壊確認を行う。射撃側の選択により1回のDRとしても良い。

 

八九式重擲弾筒

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八九式重擲弾筒、通称”Knee-Motor”は距離600メートル以内(十一年式曲射歩兵砲の最短射程距離が約600メートルであった)における歩兵の間接射撃能力を向上させるために開発された。1929年に採用され、旧式で射程の短い十年式擲弾筒から置き換えられた。八九式は発射筒内面にライフリングを持ちトリガー式であること、また射程距離の変更はノブを回して発射ピンを発射筒内で上下させることで可能であることが特徴であった。フィンが付いた推進剤がはいった容器を取り付けて発射する通常の対人榴弾、煙幕弾の他、推進剤無しでの煙幕弾や対人榴弾の発射が可能であった。兵士たちは分解して足に縛り付けて運搬したことから、日本軍では”Leg Mortar"として言及されていた。それが翻訳される中で”Knee Mortar”とされたことから連合軍兵士の中には基盤部分を自分の太ももに当てて発射すると誤解し、多くの大腿骨骨折を生んだ。
歩兵小隊あたり八九式は2門配備された。1940年には増強され、3門、また場合によれば4門が配備された。また大隊司令部にも配備された。八九式は、陸軍、また海軍特別陸戦隊の両方で使用された。

【特別ルール】

以下の特別ルールは榴弾・煙幕弾に適用する。

  • 2ヘックス以内の射程で榴弾(HE弾)を発射する場合、ROFは”1”に低下する。また”空中炸裂(Air Burst)”は無効となる
  • WPは射程が1~5ヘックスの時のみ発射できる。この射撃においてROFは”1”に低下する。 準備射撃フェイズ(PFPh)に発射したとしても拡散状態になる。また空中炸裂(Air Burst)は無効となる。
  • 煙幕は射程3~10ヘックスにおいてのみ発射できる。

 

九四式37ミリ速射砲

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この砲は歩兵支援と対戦車防御に使用された。小型軽量で人力または駄載での移動が可能であったが、車輌牽引の考慮はされていなかった。多くの歩兵師団では連隊毎に4~6門の九四式を装備した中隊が編成され、他に師団所属の偵察部隊(訳注:捜索聯隊?)に小隊がおかれた。独立混成旅団や独立混成連隊では、各独立歩兵大隊に歩兵砲中隊が配属されていたが、その中に九四式装備の速射砲小隊が置かれることがあった。その他、九四式を8門装備した独立速射砲中隊や、12門装備した独立速射砲大隊が多数編成されていた。1個小隊は2門の砲を装備していた。
ノモンハンの戦いにおいてソ連製戦車に対して威力不足が露呈した後、日本軍はドイツからPak35/36 37ミリ対戦車砲を購入した。細かな改造を施した後、一式速射砲として採用したが、実際に戦闘で用いられる事は多くはなかったようだ。

【特別ルール】

なし

 

四一年式山砲

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この砲の元は、クルップ社製1908年型山砲である。日本軍は軽量になるように改造を施し、 ライセンス生産を行った。当初は師団砲兵として山砲連隊に配備されたが、1936年には歩兵部隊に展開され、各歩兵連隊には4門の本砲を装備する1個中隊が配備された(2個中隊が配備されたケースもあった)。このため、本砲は”聯隊砲”として知られた。海軍特別陸戦隊においても、2門の本砲を装備した1個ないし2個の聯隊砲小隊が配属されていた。ただし1943年までには海岸防御また高射砲に置き換わることが多かった。
設計が古いにも関わらず、本砲は生産が続けられたため、連合国軍は頻繁に遭遇した。このゲームでは独立混成旅団や独立混成連隊で利用された砲、また師団砲兵として整備された野砲兵連隊に配備された四一式山砲も代表させている。

【特別ルール】

1944年、HEAT弾の取り扱いが可能となるため、砲の口径部分に”*”マークを記載している。

 

マップ

オランダ軍はマップ下方から侵攻。
日本軍は赤線より上のエリアに配置

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シナリオの背景

東海林支隊の戦い

日本軍として登場する東海林支隊は第38師団第230歩兵連隊を基幹とする部隊です。
第38師団は中国大陸における警備任務を目的に編成された師団で中国戦線を戦い、開戦劈頭には香港攻略を成し遂げた歴戦の部隊です。その後、蘭印作戦に投入。師団の主力はスマトラ島の攻略を担当しますが、うち第230歩兵連隊がジャワ島攻略に回されます。

東海林支隊はシナリオカードにあるように飛行場の確保のためジャワ島攻略の主力第2師団の上陸からも離れたエレタン(Eletan Wetan )に上陸します。そこから南に行ったところがバンドン、中間点になるのがシナリオの舞台となるスバンです。

東海林支隊の戦いぶりは日本語ウィキではなく英語ウィキのほうに詳しいので引用します。

1942年3月1~3日に、オランダ領東インドにおいて日本軍とオランダ植民地軍(KNIL)との間に発生した一連の戦い。
奇襲的な上陸の後、東海林俊成大佐が指揮した日本軍はオランダ軍が増援を繰り出す前に上陸したその日のうちに飛行場を急襲し占領した。翌日、オランダ軍は飛行場奪還のため反撃を開始し、成功寸前までいったものの最終的には失敗した。翌3月3日より大きな規模でオランダ軍は反撃するが、日本軍の航空支援のため失敗し、オランダ軍はバンドンに撤退した。

en.wikipedia.org

 

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シナリオカードにもあるように、第38師団、第2師団はその後、ガダルカナル島に投入され、壊滅的な損害を受け撤退することになります。 

 

王立オランダ領東インド軍(KNIL:オランダ語:Koninklijk Nederlands Indisch Leger

今回シナリオにおいて、オランダ植民地軍として登場する軍です。
第二次世界大戦後、インドネシア独立戦争において独立を阻止する側として戦争を行います。

ja.wikipedia.org

 

シナリオについて

日本軍の戦闘序列、8個分隊、3個操作班、MMG、LMG、各一丁。八九式重擲弾筒2門、聯隊砲1門、九四式速射砲1門です。

オランダ植民地軍は、6個分隊、Hermon-Herrington装甲車2両、VCL M1936 3両、CTLS4 3両の計8両。第2ターンに増援、9個分隊となっています。

マップは広くないこと、またオランダ軍の車輌には走行可能チェックが必要ですので、それほど縦横無尽とまではいかないかも知れません。

 

 

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*1:補足:飛行場自体にはイギリス陸軍部隊、空軍、また高射砲部隊の数百名がいたが、空軍は日本軍の上陸に伴いバンドン近郊の飛行場に移動した